【ARUHIアワード10月期優秀作品】『職業に貴賎なし?』今田みなえ

悩みに悩んで、サラダと焼うどんと豆腐ステーキを頼んだ。サラダはキュウリがキレイに飾り切りされて、他の野菜も瑞々しく、なんとも美しいサラダだった。ポテトサラダも乗っていたが、ポテトサラダも瑞々しい野菜もキュウリもすごく美味しかった。焼うどんも醤油とバターが絶妙なさじ加減で箸が止まらない。もうお腹がだいぶ膨れていたが、豆腐ステーキも山芋がとろとろで、ついつい全部食べてしまった。正直、おいしすぎてびっくりしたし、盛り付けもキレイで父のこだわりを随所に感じた。こんなに満足感のある料理を食べたのはいつぶりだろう?父は家で料理を作らないので、こんなに笑顔になれる料理を作れる人だとは微塵も思っていなかった。

お腹もいっぱいになりボーっとしていると、常連の”教授”が来て、私が娘だと気づき色々話しかけてきた。”教授”と両親が呼ぶ人は、ある病院の会長であり、テレビにも何度も出演したことがある有名な方らしい。教授は、自分の接待には必ずうちの居酒屋を使ってくれるお得意様で、レジ横のカレンダーを見て暇そうだと、何かと理由をつけて宴会の予約を入れてくれた。

「僕はね、この居酒屋が大好きなんだよ。料理は美味いし、女将さんとの話は楽しいし。病院ではみんな僕に気を使ってばかりで、堅苦しくてつまらないよ。女将さんは、僕と下らない話もしてくれて、本当に楽しいんだ。」と教授は言う。女将である母は、隣で大きい口を開けて笑いながら、「ごめんね〜下らない話ばっかりして!もう少し気を使った方が良かったかしら?あはは〜」なんて言っている。クセの強い先輩が言ってくれたみたいに、この居酒屋は、教授にとって心の拠り所になっているのかもしれない。そう思ったら嬉しかった。両親の仕事がキラキラして見えた。
しかし私は1つ疑問に思い、教授に尋ねた。「でも教授なら、わざわざこんな小さくてキレイでもない所じゃなくても、もっと良いお店に食べに行けるのに。」すると教授は、「僕にとっては、どんな高級料亭より、この店の方が価値があるんだよ、好きなんだよこの店が。」とあっさり答えた。”価値がある”とストレートに言われてびっくりしたが、私は両親の仕事を心底誇らしく思った。お金を払ってでも行く価値を他人に見出してもらえる。これってすごい事なのだとやっとわかった。これは父が料理にこだわり続け、母が常に明るい接客をし続けた努力の賜物であろう。

両親は、一生懸命に働く人が1番偉いと言い、学生時代は姉弟の中でバイトがある人を何事にも優遇した。バイト先で一生懸命働けるように、その日にバイトがある人を甘やかすと。今日は私がバイトだと言うと、お風呂も1番に入らせてくれて、おやつも妹や弟よりも少し多めにくれたりした。弟がバイトの日は、長女の権限でおやつを多めに食べようと思っても、母が”今日は弟がバイトなんだから、お姉ちゃんは少し我慢しなさい”とすぐに見つかって怒られた。バイトに行くときは、”一生懸命やってきなさーい”と送り出してくれた。

どんな職業かは関係なく、一生懸命働くことでその仕事に価値が生まれる。両親の言いたい事は、こんなところかな?と思いながら今日も仕事をする。社会人になってからは、週末に友達と飲みに行くのが、良いストレス発散だと知った。子供ができてからは滅多に行けないが、少しお酒が入って、みんなで下らない話をするのは楽しくて、社会人として本格的に働くようになってから居酒屋の価値をますます見出した。中学生時代にアホだと思っていたお客の気持ちも今ならわかる。大人って色々大変だから。居酒屋は、色々な責任を忘れ、少しの時間アホになりたい大人達の憩いの場所なのだ。かけがえのない場所なのだ。

客として両親の居酒屋の入り口をくぐったあの日の出来事を胸に、これからも一生懸命働きたい。そして、自分の仕事を価値のあるものに昇華させていきたい。両親がそうしてきたように。

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