そう言われていた俺は十時に駅に着いてマップを開く。俺が道を覚えられないのは、いつも人の後ろをついて生きてきたからかもなと、そんなことを考えながら歩いていく。
たどり着いたその場所は夕方に見るのとはまた雰囲気が違って見えた。昨日はなかった表に立ててある看板には、セール開催中やガラス体験のチラシが貼ってある。開けっ放しのドアの向こうを覗くと、奥では親子連れがまさに体験しているようだった。その横で俺に気づいた佐久間がこっちに走って来る。
「結構早かったね。まずはそこ座って」
「あの親子連れはいいの?」
「あっちは親父に任せておけば平気。普段友達連れてくることなんて無いから喜んじゃって。最大限もてなしてこいって言われてるから」
奥にいる赤いポロシャツに首からタオルを下げた男の人と目が合い、会釈をする。
「優しそうなお父さんだな」
「まぁ基本はね。怒るとすっげー怖いけど」
そう言うと、佐久間は色とりどりのコップやお皿を次々並べていった。
「どんなの作りたい?」
見本品だろうか、それらを並べ終わると佐久間は目を輝かせて聞いてくる。
「別に普通のでいいよ」
「普通なんてないよ。コップ一つとっても形が全然違うでしょ。色だって絵の具と違って混ざらないから三色くらいなら好きな色組み合わせられるんだ。底の方ねじるとほら、こんなふうに螺旋みたいな模様にだって出来るんだよ。それにこっちのは―」
早口で色々語られても正直よくわからなかった。並べられた作品を右から順に眺めていく。
どうせ俺の作るものなんて、つまらないものにしかならないんだろうな。一か十で、失敗しても楽しそうな遼と、いつも失敗に怯えて五をだす俺。翠くんはしっかりしていて偉いわね、なんて大人には褒められるけれど、俺は、ずっと遼になりたかった。
そんなことを考えていると急に佐久間が立ち上がる。
「決めた。じゃあ俺に任せてよ」
そう言ったかと思うと訳の分からないまま手首を引っ張られ、工房の中に連れていかれる。
中に入ると、足元はコンクリート。配線が幾重にも重なり色んなところに繋がっていて、いくつか窯がある。中では眩い炎が静かに揺れていた。夏だからだろうか、あちこちで大きな扇風機が回っている。
これはめてと軍手を差し出される。その上から右腕にさらにアームカバーをはめられて、そこに座っていてと指示される。有無を言わさぬその強引さにため息をつく。
カバーの付け方を直しつつ、言われたままに座っていると、早速佐久間は先に少しのガラスをつけた鉄の棒を持ってきた。
吹きガラス。テレビでは何度か見たことがあった。確か、くるくる回して吹くんだっけか。奥では、小さな女の子がやっているのがみえる。
「はい、回して吹いて」
そう言われ、鉄の棒の先を差し出されて狼狽える。
「これ熱くねえの?」
「ビビりすぎだよ、ほら、早く」
急かされて息を吹き込む。熱くはなかった。佐久間の力も借りながら棒を回す。けどこれ、思った以上に膨らまない。
佐久間がまたどこかへ行く。さっきより大きくなった赤いガラスの球に何かを付けて、炉に入れた。くるくる回し、俺が息を吹き込む。その作業を数回繰り返していると、目に見えて大きくなっていくのがわかった。
「次は、この台のうえで転がして」
炉の下にある円形の台にはなにやら白い粉があるのが見える。
「この粉何?」
「ああ、重曹だよ。付けると綺麗な泡模様が出来るんだ」
「え、重曹ってあのパンとかに使うやつ?」
「そうそう、でもどんな泡模様になるかは読めないからね。そこが面白いんだ」
俺なら絶対選ばないな。重曹の上でまだ赤いガラスの球を転がしながら考える。
「よし、それくらいで大丈夫」
そう言うと、佐久間はまたそのガラスを炉に入れる。
出てきたガラスを見てみると、気泡がいくつも、周りを囲むようにして出来ていた。成功したのだろうか。それとも失敗なのだろうか。わからないのは怖かった。
その後は水で濡らした新聞紙で形を整えて、木の板でおさえて底を平らにする。思った以上の工程の多さに内心驚いていた。別の鉄の棒に移し替えて、今度は口を広げていく。