【ARUHIアワード9月期優秀作品】『いつかのターコイズブルー』八嶋 祥子

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた10の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 駅を出て、バス停の時刻表を見る。
 今日は土曜日。16の数字を指で追いつつ右に動かすと、そこに08と38の文字しかなかった。スマホをつけて時間を見ると16:15の表示。確かここから目的地までは三十分くらいだったはずだ。仕方がないから歩くか、とスマホのマップのアプリを開く。スマホを傾けると、進行方向を示す矢印が動く。地図を読むのが苦手な俺も、この機能のおかげで今ではすっかり迷うことが無くなった。
 なるべく大きい道を選んで歩き出す。蝉がうるさい。だいぶ日が落ちてきたとはいえ、まだまだ夏。高校一年生の夏休みも残り二日と迫った八月三十一日だった。夏休みの宿題も早々に終わらせて、ゲームも飽きてしまった俺はなんとなく家を出た。
 目的地は決めていなかったけれど、間違えて夏休みまで買ってしまった定期券を有効活用したくて、今まで一度も行ったことがない高校の近くの海に行くことにした。
 バイトばかりで浪費した夏休み。何か夏らしいことがしたかった。
 心地よい海風が顔の横を吹き抜けて、磯の香りがしてくる。坂になっている道路をのぼると海が見えて、思わず胸が高鳴った。
 海に向かって今すぐにでも走り出したくなったけれど、目の前の大きな道路に阻まれる。右と左を見渡しても横断歩道は見える範囲に無いようだった。くるっと回って引き返すと、遠くから見知った顔が歩いてきた。
 無意識に顔を逸らす。
 佐久間航青(こうせい)だ。同じクラスだけど話したことは無かった。
 俺は、クラスでは目立つグループにいるけれど、佐久間はいつも一人で教室後ろの端の席に座っている。疎まれているというよりは、人間関係に縛られず自由に生きている感じがして、人目を気にしないその生き方を羨ましく思うこともあった。とはいえ、二人で話したりとかは、ちょっと気まずい。
 また道路の方に向き直り、様子を伺っていると、彼は先ほどのぼった坂の上から続いている階段のスロープを降りていく。時間を空けてから、その道を辿るとそこは道路の下を突っ切るトンネルになっており、壁の水色が天井まで覆っていてとても綺麗だった。
 トンネルを抜けるとようやく海に着いた。休日の海は、遊泳終了時間が迫っているとはいえ多くの人で賑わっていた。佐久間が右に行ったのが目に入り、俺は左に歩き出す。
 久しぶりに見た海は、記憶よりずっと波が高くて迫力があった。靴を脱いで靴下も脱いでその上にショルダーバッグを置くと海に向かって走り出す。たっぷり海を吸い込んだぐにょっと沈む砂の感触が心地良い。地に足がついているという実感。裸足で地面を歩くなんていつぶりだろうか。返っていく波に足ごと攫われそうになり、思わずぐっと力を込める。指の間をすり抜ける砂が気持ち良かった。
 これならいくらでも時間が過ごせそうだなと思っていると遊泳時間終了のアナウンス。ライフセーバーの男の人が車のバックを促すような手の動きで、上がるように指示を出していた。
 渋々海から上がると濡れた足に張り付く砂。まずは洗わないと靴が履けないなと、荷物の方に目をやる。
 そして、一気に頭が冷めた。
 ショルダーバッグがない。
 ほんの数分前まで確かにあったはずなのに。
 周りを見渡しても靴と靴下以外は何もなかった。幸いスマホはポケットに入れていたため無事だったが、財布もSuicaもないから家に帰れない。犯人を見つけようにも人が沢山いてまるで検討がつかなかった。
 今日は土曜日だから、父か母に電話をかけたら車で迎えに来てくれるかもしれない。
 でも……。
 それは極力最後の手段にしたかった。

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