最近、東京23区で「子育てしやすい街」として話題となっている、足立区。どのような子育て支援制度があり、なぜ注目されているのか。足立区役所の皆さんへのインタビューを交え、全3回にわたってお送りします。
第2回となる今回は、受験勉強や進学にはお金がかかるため、経済的事情が厳しい家庭では希望する進路に進めない子どもたちに救いの手を差し伸べている、足立区の取り組みに迫ります。
第1回はこちら:足立区で子育ての不安を取り除く取り組みが続々! 従来のイメージを払拭する支援制度を徹底解剖
足立区の進学を支援する主な制度
文部科学省が公表した「令和3年度子供の学習費調査」によると、中学生のいる世帯で学習塾代に使う年間費用は、公立の場合が平均25万196円、私立は平均17万5,435円かかっています。また、子育てで最もお金がかかるのが大学の教育費は、文部科学省「令和3年度 私立大学入学者に係る初年度学生納付金平均額(定員1人当たり)の調査結果について」をもとに計算すると、私立文系の場合約408万円、私立理系で約551万円、医歯系学部は6年間で約2,396万円かかります。
進学に対する意欲があっても、家庭の経済的事情により大学進学を諦めなければならない子どももいます。また、その前の高校進学時にも、塾などの学校外教育を受けることが難しく、希望する進路に進むことができないケースも少なくありません。そうした子どもたちのため、足立区には独自の支援制度があります。
「足立はばたき塾」
毎週土曜日の定期講座や特別講座、夏休みに10日間・冬休みに5日間の集中講座を実施。将来の夢の実現に向けて、難関高校などへの進学を目指します。
応募資格:家庭の事情などにより塾などの学習機会が少ないものの、成績上位で学習意欲が高く、将来の夢の実現に向けて難関高校等への進学を目指す、中学3年生
詳細:足立区「足立はばたき塾」
「給付型奨学金」
学業成績が優秀でありながら経済的な理由により修学が難しい大学生などを対象に、入学料・授業料・施設整備費の全額を支給。給付金上限額は医科・歯科大学以外の場合、入学料 38万円+授業料及び施設整備費が年額198万円です。募集人数は年間で40名、世帯年収が基準以下などの募集資格を満たす必要があります。
応募資格:1.大学などに入学予定または在学 2.成績が5段階で4.0以上 3.世帯年収が800万円以下(4人世帯の目安) 4.生計維持者が足立区内に直近3年以上居住
詳細:足立区「足立区給付型奨学金奨学生募集」
SNSで話題! 難関校に毎年合格者を輩出「足立はばたき塾」
文部科学省「令和3年度子供の学習費調査」によると、公立中学校に通う7割以上の人が、学習塾に通っています。しかし、経済的な事情で通うことが難しく、高校受験に向けた勉強を独学でせざるを得ない子どももいます。そうした子どものための取り組み「足立はばたき塾」について、教育指導部学力定着推進課の齊藤さんにお話を聞きました。
―「足立はばたき塾」について詳しく教えてください
2012年度にスタートした、中学3年生向けの支援策です。成績上位で学習意欲も高いが、家庭の事情などでいわゆる進学塾に通う学習機会が少ない生徒に向けて、難関高校への進学を後押ししています。民間教育事業者を活用して、学習の機会と受験に関係する情報を提供し、志望する高校へ入学できるよう支援しています。
足立区立中学に通う中学3年生を対象とし、定員100名で募集。学校を通じて申し込むと、最初のハードルとして「世帯所得審査」があります。通過した人を対象に「学力診断(入塾)テスト」を行い、学力診断テストの成績上位から順に選抜をくぐり抜けた生徒が入塾できます。ただし「難関高校への進学」を対象としているため、成績の下限を設けており、必ずしも上位100名が入塾できるわけではありません。定員に満たない場合は、年度の途中で二次募集をすることもあります。
―入塾できると、どのような講座を受けることができますか?
通常の講座として数学と英語の主要2教科を受講でき、プラスして特別講座として国語・社会・理科の3教科、合わせて5教科の講座を受けることができます。2012年の授業開始時は主要2教科のみの対応でしたが、都立の難関高校を目指す子どもたちから「残りの3教科についても学習したい」という声が多く、2018年度から、残りの3教科を特別講座という形で、メインの授業枠とは別に希望制で授業を行うようになりました。4月に開校してから翌年2月まで、通常講座は40回、ほぼ毎週土曜日16:30~18:30に実施し、プラスして夏季休業に10回と冬季休業に5回の集中講座を実施。子どもたちは年間で最大55回の授業に通うことができます。教室は14:00くらいから開けており、希望者に3教科の特別講座を実施。時期によっては面接対策などの相談にも応じています。
―講座の受講以外に行っているサポートは?
年に3回、受験情報を提供する進路進学説明会を実施しています。4月には受験に向けた生活リズムや学習の取り組みに関係する部分と受験情報を提供。7月の夏季休業に入る前には、学校が休みで1日中家にいる期間の生活リズムや学習の取り組みに向けた意気込みなどを含めて計画的な行動をとるための説明を、受験勉強の追い込み時期に入る11月には、家庭を含めた受験に向けて事前準備の段階の取り組みを受験情報とともに提供しています。
また、入塾審査を含めて学力診断テストを3回実施。学力に応じたクラス替えを行っています。プラスして、9月から翌年1月まではほぼ毎月のように民間の学力模試を行い、生徒の学習状況を測るとともに、進路を決める検討材料としています。
―「足立はばたき塾」を受講した生徒の進学先は?
東京都が進学指導の重点校に指定している、進学指導重点校7校・進路指導特別推進校7校・進学指導推進校15校に、全塾生の4割前後の生徒が入学しています。進学指導重点校など難関校に入学できる学力レベルに達することは、学校の授業と家庭学習だけではなかなか難しく、はばたき塾の成果が出ていると考えています。大学進学に関しても後追いで調査をしていまして、国公立や上位私立大学に一定の割合で進学しています。
―実際にはばたき塾を利用した人の声は?
「最初の数ヶ月間は苦しかったけれども、はばたき塾の先生が寄り添い、相談に乗りサポートしてくれたことで乗り切れた」と話す生徒が多いですね。進路進学説明会では、学習習慣が定着するよう、自分のすべきことをスケジュール化し、自己管理をしながら動いていく大切さを説明しています。家族など周りで関わる大人たちも一緒に、家族ぐるみでサポートすることも大切です。1年間で、生活のリズムから学習の計画、学習の方法・進め方を自分で組み立てて実行する力が身につくことから、感謝の声が非常に多いですね。
高校受験の合格はゴールではなく、社会へ羽ばたいていく上での入り口です。高校受験の先にある大学受験や就職に向けて「勉強する足掛かりになった」という声もたくさん届いています。また、はばたき塾のOB・OGから現役生に対し、当時の心境を語ったり、エールを届けてくれたりすることもあります。はばたき塾での経験がきっかけで足立区に興味を持ち、社会人になって足立区に関わるきっかけになったというOB・OGと出会うこともあり、とても嬉しいですね。
私立医大なら6年間で上限3,600万円! 返済不要の「給付型奨学金」
2022年11月22日、足立区長による定例記者会見で、返済不要の「給付型奨学金」の新設が発表されました。私立医科・歯科系大学などの場合、給付金額は6年間で3,600万円、それ以外の大学は830万円を上限としたその金額のインパクトが大きく、注目を集めています。制度の実施に至る経緯や思いを、学校運営部学務課の小林さんに聞きました。
―2022年11月22日に発表された「給付型奨学金」を新設した経緯を教えてください
奨学金は今まで貸し付け型で実施していたのですが、年々利用者が減っている現状が続いていました。アンケート調査でその理由を調べたところ、返済に対する不安と、要件のひとつである連帯保証人を2名立てることが難しいという意見が多くありました。また、通常の奨学金を利用すれば学生さんは、何百万円もの借金を卒業と同時に背負うことになります。社会人1年生が働きながら返済するのは過酷です。国の動きを見ても給付型が主流になりつつある中で、足立区の奨学金に関しても見直すべきという声が大きく、給付型に大きく舵を切りました。
―保護者の年収が800万円以下と、対象の所得層が広いことに驚きました
所得層は国の基準に沿い、380万円未満を「低所得層」、380から800万円を「中間所得層」としています。この基準に基づいて足立区で所得層を定めましたが、低所得層は国から給付金が出ますし、授業料の免除制度もあり、比較的手厚い支援を受けることができます。そうした支援を受けることができない中間所得層にとって、奨学金は貸付型しか選択肢がなく苦しい状況です。中間所得層に手厚く、そして低所得層に対しても国の補助にプラスして支援をという思いから年収の基準を決めました。
―現時点での反響は?
大変ありがたいという声をいただくとともに、成績や所得の要件を緩和してほしいというご意見も多いです。ひとり当たりの支給額が高い分、ハードルも高く設定せざるを得ない現状があります。
―この制度の実施で期待していることは?
「足立区でこうした支援を受けた学生が足立区で働き、社会に還元してほしい」というのが究極の理想ではありますが、この制度により、今まで諦めていた大学進学を達成する人、そして希望の就職先に進める人、社会人としての達成感を得られる人をひとりでも多く輩出できればいいと考えています。
―給付額がかなり大きいですが、「少ない給付金を多くの人に」としなかった理由は?
実は、最初は中間所得層のみを対象としようという声もありました。しかし、議論を重ねた結果「足立区らしく効果のある施策を」という思いで、大胆な制度内容となりました。広く・浅くの支給も考えましたし、多少なりとも給付金があればありがたいと感じてはいただけるのでしょうが、学費を工面できない人にとっては焼け石に水ではないかと感じました。「十分な支援を行いたい」という思いから、足立区らしく実効性のある金額・幅広い層への給付を決めました。
―現時点での応募状況は?
2023年度奨学生の第1期分を、1月4日から2月28日にて募集したところ、定員20名の枠に対して、191名の方から応募がありました。
なお、第2期分については、3月1日から4月14日にて、第1期分と同様の定員20名枠にて募集を行っています。
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進学時に借り入れた奨学金の返済に、社会人になってから苦労する人は少なくありません。負債を追うことなく利用できる「給付型奨学金」の取り組みはまだ始まったばかりですが、多くの人が大学進学の夢をかなえ、救われることになりそうですね。
次回、第3回は「日本一おいしい給食」を掲げていることで知られている足立区の、食育に関する取り組みを紹介します。