2023年3月10日に日本銀行の政策決定会合が開かれました。今回の会合は、4月8日に任期満了となる黒田総裁にとっては最後の会合となります。昨年12月の会合で長期金利の変動幅の見直しをしてから、退任までにもう一度金融政策の修正を行うかどうかに注目が集まっていましたが、今回は金融政策の現状維持を決定しました。同日に参議院では植田和男氏の国会同意人事が採決されたため、植田次期総裁の就任が決定したことになります。日銀総裁交代が私たちの生活にどのような影響を与えるのでしょうか?
黒田総裁の金融緩和とは
黒田総裁が2013年4月に導入した金融緩和策は「異次元の金融緩和」とも呼ばれ、第二次安倍内閣が掲げたアベノミクスにおける「三本の矢」の1つである「大胆な金融緩和」を実現する物でした。具体的にはマイナス金利政策の導入、長期国債の保有残高の増加、上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(J-REIT)といったリスク資産の買い入れ、長期国債の利回りの変動幅の固定(YCC)など、さまざまな施策を行ってきました。
金融緩和と聞くと、金利を下げるぐらいかと考えている人も多いかと思います。なぜ日本銀行がこれほど多岐に渡る政策を実行したかというと、デフレマインドが染み付いた日本経済を再び浮揚させて2%という物価目標を持続的かつ安定的に実現させるためだったのです。このことからも、日本経済が長期にわたって停滞を続けたことによって、いかにデフレマインドが染み付いてしまったかが理解できるかと思います。
しかし、これだけの大胆な金融緩和を実施しても、なかなかデフレ脱却ができませんでした。それは、アベノミクス2本目の矢である「機動的な財政出動」が本格的に行われなかったことが原因の1つと考えます。やはり日本経済が浮揚する前に複数回にわたって消費増税を行うなどの財政政策の失敗が、大胆な金融緩和の効果を打ち消してしまったのでしょう。
植田総裁就任後に起こる変化とは
足もとでは、日本の消費者物価指数の上昇率が歴史的な高水準であることは読者の皆さんもご存じかと思います。これは日本銀行の金融政策の結果というよりは、新型コロナウイルス、ウクライナ戦争、鳥インフルエンザ、円安など、外部環境の影響によるものが大きいと考えます。とはいえ、結果的にはすでにデフレではなく、むしろ国民が物価上昇によってダメージを受けているのだから、欧米のように金融を引き締めるべきだ、という声が大きくなっています。
そこで、植田新総裁がどのような金融政策をとるかに注目が集まっているわけです。2023年2月下旬に衆議院で行われた所信聴取では「現在、わが国は内外経済や金融市場をめぐる不確実性が極めて大きい状態だ。消費者物価の上昇率は2023年度半ばにかけて2%を下回る水準に低下していくと考えている」と指摘しています。物価上昇圧力が高い現時点においても、物価目標は達成できないと考えていることが分かります。
また、現在の金融緩和については「さまざまな副作用が生じているが、経済・物価情勢を踏まえると、2%の物価安定目標の実現にとって必要かつ適切な手法であると思う。これまで日銀が実施してきた金融緩和の成果をしっかりと継承し、積年の課題であった物価安定の達成というミッションの総仕上げを行う5年間としたい」と話しました。
これらの発言からは基本的には黒田路線を踏襲しつつも、徐々に金融政策の見直し(緩和の解除)をしていくという印象を受けます。
私たちの生活への影響
当面は現状から大きな変更をしないと考えますが、徐々に金融緩和を解除していく方向にはあると思います。そうなれば、日本国内でも金利が上昇していくわけですが、昨年12月に行ったように、長期金利の変動幅を拡大させるのが最初の一手となるでしょう。そうなれば、まずは住宅ローンの固定金利が上昇すると考えます。
そして、次にマイナス金利政策を解除して短期金利を引き上げる段階に入れば、銀行が提示する「短期プライムレート」が上昇し、それを受けて住宅ローンの変動金利も上昇するでしょう。日本では変動金利の利用者が多いため、植田新総裁の下で金融政策の正常化が進んでいけば、次第に影響を受ける人が増えてきます。その前に固定金利に切り替える人も増えると思います。
先を見て行動することは素晴らしいのですが、意思決定をする際は冷静に判断を下しましょう。おそらく、金融政策の正常化が行われていくなかで、メディアでは住宅ローンの金利上昇を過度に煽るニュースが増えると考えられます。しかし、住宅ローンの金利が上昇したとしても5年間は毎月の返済額は変わらない「5年ルール」や、毎月の返済額は従来の1.25倍までしか増えない「125%ルール」があるため、毎月の返済額が金利の上昇に伴い青天井に増えていくということはない、など冷静になる必要もあると考えます。
想像以上に影響範囲は広い?
金融政策の変更の影響は住宅ローン以外にも広がります。事業を営まれている人からすれば、金融機関から融資を受ける際に適用される金利も上昇するので、返済の負担は高まります。一方で、銀行から見れば利ザヤが大きくなることで業績が改善することが期待されます。
また、米国がこの1年で行った急速な利上げによる経済へのネガティブインパクトを受けて、利上げをやめ、その後に利下げ局面へと移行するタイミングで、日本が金融緩和を解除して利上げをするようなことがあれば、日米金利差が縮小して為替は大きく円高方向に動くでしょう。円高になれば日本から海外旅行に行く人は増えると思いますが、逆にインバウンド消費には逆風となるでしょう。また、海外からの輸入価格は下がるため、物価上昇圧力が低下する一方で、海外に製品を輸出している企業には逆風になります。
このように、金融政策の変更は私たちの生活に大きな影響を与えますが、自分自身の立場によってそれが良い影響なのか、悪い影響なのかは変わっていきます。自分にとっては緩和が維持された方がいいのかどうかなど、考えてみるとよいでしょう。