【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『朝ごはんの約束』石田真裕子

新生活の色々をそろえるために、夫と2人で家具屋を巡っていた。
「このダイニングテーブルよくない?うわ~いいな~これで家族そろってごはん食べるのいいな~!」
大きくなった私のお腹をさすりながら、夫が上目遣いで私に訴える。
「ダイニングテーブルは必要だね。でもさ、知ってると思うけど、私料理嫌いだよ?家族みんなで幸せで丁寧な暮らし、みたいなの多分無理だよ?大丈夫?」
「じゃぁさ、毎日朝ごはんだけはちゃんと作って、家族みんなで食べようよ。1日の始まり、家族揃ってスタートする感じが、一体感あっていいじゃん!それに朝ごはんってさ、大体どこのご家庭もメニュー一緒でしょ?ソーセージとか卵料理とかパンとかご飯とか、そんなの揃ってるだけで豪華に見えるじゃん?」
「確かに、朝ごはんが作るハードル1番低いわ。それで毎日自炊してる認定されるなら、私朝ごはん毎日作ります!約束します!大丈夫?これずるくない?」
「大丈夫。ずるくない。というか、ずるいくらいが丁度いい。ずるは人間の生活に必要!ずる休み万歳!ずるくてなんぼ!」
「ちょっと恥ずかしいからやめてよ!」
急にふざけてヒートアップする夫を、笑いながら制止する。
「でもさ、本当にそう思うんだよね。ずる休みって、全然悪いことじゃないからね。毎日休まず真面目に学校に行く、仕事に行く。それが普通だって思いがちだけど、その普通って誰が決めたの?社会が決めた普通に縛られて苦しくなるなんて、悔しくない?誰のための人生なのって話。今ちょっと休んだ方がいいかも、しんどいかもって気が付けるのは、自分だけだからね。少し手を抜くことをずるいって表現するなんて、それがずるい!むしろ自分らしくていいねって褒めてあげたい。」
「朝ごはんの話から随分飛躍したね~。どしたの?急にいいこと言ってる風だけど。」
「違う違う。風じゃない。いいこと言ってるの。録音した?もう1回言う?」
いつもふざけてばかりの夫が時々繰り広げる、独特だけど優しい哲学が、私はたまらなく好きだった。面倒くさいことが大嫌いで、大雑把で、諦めが早くて、なんでも3日坊主で、それでいてそんな自分に自己嫌悪を感じてしまう厄介な性格の私を、いつも救ってくれた。
このときの私は、これから始まる家族3人での生活を自分なんかが支えていけるはずがないと、すっかりネガティブモードに突入していたので、夫の熱弁が特に心に刺さった。この人とだったら大丈夫かも。大袈裟かも知れないけど、そう思えた。
だから私は、嬉しそうにダイニングテーブルの会計をする夫の横顔と、勝手に朝ごはんの約束をした。
今日の話なんて、明日にはあなたは忘れてしまうだろうけど、私は今日のあなたの優しい哲学に救われたから、これからも覚えていたいから、朝ごはん、毎日作るね。

「先に死んじゃうのは、さすがにちょっと、ずるすぎるかも。」
思わず心の声が漏れてしまった私を、息子が不思議そうな顔で見つめている。
「ほらっ、そんなにマヨネーズかけてずるいよ!お母さんにも貸して!」
息子の手からマヨネーズを取り上げ、いつもより多めに目玉焼きにかけた。
きっと私は明日からも、少しだけ早起きして、3人分の朝ごはんを作る。
焼いて並べるだけの朝ごはん。毎日同じメニューの朝ごはん。
私らしい、ちょっとずるい朝ごはん。
すっかり明るくなったカーテンの外には、雲一つない青空が広がっていた。

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