「うわっさぶっ」
「そんな恰好してるからでしょ?あんた今何月だと思ってんの。」
Tシャツに短パン姿でリビングに現れた息子に、可愛かったあの頃の面影を探してみる。
この子は本当に私から産まれたのだろうか?
背丈はあっという間に抜かされ、うっすら生えた髭は、何というかもうすっかりおじさんのそれで、夫にそっくりだった。
「ほら、もう朝ごはんにするからお父さん連れてきて!」
「はーい。」
ダイニングテーブルに出来上がった料理を並べていく。
ソーセージ、目玉焼き、サラダに、白米とホットコーヒー。
チグハグな和メリカンな朝食は、手っ取り早く完成するので我が家の定番メニューだ。
「父さん大変。もうこのおかず、連続15日目くらいだわ。そろそろさすがに飽きてきたよね?焼き魚とか食べたいよね?どう?」
「文句があるなら食べなくていいですよ~。お母さん、朝から魚なんて焼けません~。」
2人の会話の真ん中で、南の島の太陽の光に照らされて、夫はニコニコ笑っている。
遺影は、最後に3人で行った沖縄旅行の写真を使った。
2年前、夫は突然この世を去った。癌だった。
まさか夫が死ぬなんて思ってもみなかった。
ずっと一緒に普通の暮らしを続けていけると思っていた。
老後は住み慣れたこの町で「あの時思い切って家を買って良かったね」なんて言いながら、穏やかに過ごす未来を想像していた。
病院でも、お葬式でも、ずっと夢を見ているようで、涙ひとつ流さずぼーっとしている私を、親戚はみんな心配していた。
諸々の事務的な手続きが終わり、やっと少し落ち着いた日の朝、久しぶりに朝ごはんを作った。今日と同じ、賞味期限ぎりぎりの残り物で作った朝ごはんだった。
「いただきます。」
そう小さくつぶやいた瞬間、堰を切ったように涙が溢れてきた。まるで欲しいものを買ってもらえなくて駄々をこねる子供のように、我を忘れて泣きじゃくった。
「なんで死んじゃったの。なんで、なんで。」
止まらない嗚咽でなかなか咀嚼が進まない。でもその日の朝ごはんは、どうしても全部きれいに食べたかった。涙と鼻水で塩味の増した朝ごはんを、ゆっくり時間をかけて完食した。
「ねぇお母さん。もうそろそろ3人分用意しなくてもいいんじゃない?てか俺、朝ごはん別にいらないよ。お母さん、ごはん作るの嫌いでしょ?面倒くさかったら作らなくていいよ?」
ご飯に半熟の目玉焼きをのせながら、息子が切り出す。
お箸で黄身を少し割って、そこにそっと醤油とマヨネーズをたらす。
夫発案のこの食べ方を、はじめは批判していた私たちだったけれど、今ではもう気が付いたら自然にマヨネーズに手が伸びているから怖い。
「うん。ごはん作るのだけじゃなくて、家事全般嫌い。いやでもさ、朝ごはんくらい作らせてよ!だって朝ごはんってさ、このレベルでも許される感じするでしょ?毎日ソーセージと目玉焼きで合格。何なら毎朝起きて作ってるだけで偉い。お母さん、毎朝起きることならギリギリできるからさ、だからお願い!朝ごはんだけは作らせて!その代わり、夜ごはんは作れないかも!全然作れないかも!」
「うわ~なにそれなんかずるい~。」
息子の言葉に、懐かしい記憶が蘇る。