【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『虫捕りばあちゃん』阿部凌大


「それでおじいちゃんが死んじゃってね、おばあちゃんがそれからずっと一人で落ち込んじゃって、この縁側でぼんやりしてた時、こうやって足元にね、ちっちゃなイモムシが近づいてきたのよ。なんでかわからないけど、それ見てすぐに分かったのよね、それがおじいちゃんだって」
「うそ、」
「いきなりこんなこと言ったって信じられないわよねえ?けどそれが本当なの。それからおばあちゃんはそのイモムシになったおじいちゃんとね、色んなことを話したわよ。嬉しかったわ。けどそしたらなんとね、遠くから鳥が飛んできて、おじいちゃんのことぴょいってくわえて飛んでっちゃったの」
「どうしたのそれ!?」
「どうしようもないわよね、私思わず叫んじゃったもの。けど心配なかったわ。少ししたら今度は、ダンゴムシになってころころ転がってきてくれたの」
 おばあちゃんは本当に嬉しそうにその話をするのだった。そんな顔を見ていると、私は次第にその話を信じるようになっていた。
「本当はちゃんと隣り合わせでいられるといいんだけどね、また鳥にもっていかれちゃうと困るでしょう?だからこれに入れておくことにしたの。これね、デパートで一番大きいやつなんだって、おじいちゃんも広い方が嬉しいと思って」
 そう言うとおばあちゃんはその透明なケースをまた嬉しそうに撫でた。
「ちゃんとおじいちゃんはこの家までやって来てくれるんだけどね、いつからかそれも待ちきれなくなっちゃって、おじいちゃんが生まれ変わったって分かったら、そこまで迎えに行くようになったの」
 私はそこでようやく幼少期から聞かされてきた、お迎えという言葉の意味を知った。

 私が中学にまで上がると、流石におばあちゃんに連れられ山の中へと行くことは無くなったが、おばあちゃんの家に行くと変わらず大きなケースが置かれていて、その中にはクワガタやテントウムシ、アリなんかの姿をしたおじいちゃんがいるのだった。一度ゴキブリの姿をしていることがあって、その時ばかりは驚いた。
「いくらなんでもゴキブリはよしてくれればいいのにねえ、けど自分じゃ選べないみたいなのよ」

 私が高校に上がった頃だろうか、ふとおばあちゃんに電話をかけると、なんだかその声には元気が無かった。急いで会いに行くと、縁側に置かれっぱなしになったケースの中には、何も無いのだった。
「突然ね、こなくなっちゃったのよ」
 おばあちゃんは今にも泣きそうな声でそう呟いた。
「生まれ変わったらどこにいるか、分かるんじゃないの?」
「いつもみたいにお迎えにね、行ったのよ。けどそこには何にもいないの。何度行ってもだめ。もう三か月にもなるわ」
 それから月に一度ほどはおばあちゃんに会いに行くことにしたが、いつになってもおじいちゃんは帰ってこなかった。その度に少しずつ弱っていくおばあちゃんの姿を見るのが辛かった。遂には一人で山道を歩き回れないほどまでになってしまったらしい。そして私は大学一年生になった。

 初夏になり、横になっていることが多くなったおばあちゃんに水を運んでやると、おばあちゃんは少し顔を緩めてありがとうと小さな声で呟いた。するとその時、壁の向こうでジリリリリとけたたましい音が鳴り響いた。そして気づいた時にはもう、おばあちゃんは立ち上がり、よろよろとその方向へ向けて歩き出していた。おばあちゃんがその扉を開けると、そこにある縁側の庭の中で、一匹のセミが思う存分にその羽を打ち鳴らし、飛び回り、懸命にその声を張り上げていた。それはまるで自分の存在を私達に知らしめているようだった。
「まあ、そういうことだったの」
 おばあちゃんは柔らかい声で、そう呟いた。縁側に駆け寄るおばあちゃんの後ろ姿しか見えなかったが、その声には喜びが満ち溢れていた。

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