【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『じいちゃんの畑』山崎ゆのひ

　重い土や数種類の苗、クワを担いで、二人が真っ赤な顔で帰ってくると、貴子が怪訝な顔をして出迎えた。
「あら、なあに、それ？」
　貴子はイモの苗を見たことがなかったらしい。
「サツマイモの苗だよ！」
　陸が意気揚々と答えた。途端に貴子の機嫌が悪くなる。
「どこに植えるのよ、イモなんて」
「貴子さん、申し訳ないがこの庭はわしがもらった」
「え？」
　宇一は、掘り起こした花壇に買ってきた土をばらばらと蒔いた。貴子は慌てて言った。
「お、お父さん、そこは私がヒマワリを植えようと思って……」
「貴子さんも焼き芋、好きだろう？」
「え？　そりゃ嫌いじゃないですけど」
「種子島の安寧芋、ほっかほかのトッロトロじゃ」
　またしても宇一の殺し文句だ。貴子は一瞬うっとりとした表情をしたが、気を取り直して言った。
「でも、サツマイモなんて、育てるの、難しいんではないですか？」
　宇一は鼻で笑った。
「俺を誰だと思ってるんだ？」
「え？」
「山の中で畑を耕して80年。イモを育てるのなんか、朝飯前だ」
「まあ……」
　生き生きとした顔の宇一を見ると、貴子も何も言えなくなった。宇一はもくもくと土を作り、畝を作った。帰宅した洋一も、宇一が嬉々として畑を耕すのを見て、笑みを浮かべた。
「ほら、陸、ぼんやりしてないで、イモの苗を持ってこい」
「う、うん」
　陸は慌てて宇一に苗を手渡した。この家に来てから、宇一がこんなに自信たっぷりに振舞うなんて。
「サツマイモは、そんなに肥しをやらんでもいいんだ」
「なんで？」
「ツルばかり伸びるようになるからだよ」
「へえ」
「陸、水を汲んできて」
　陸はジョウロを取りに走った。宇一は、水を得た魚のようにてきぱきと作業を続けた。
「側にネギやニンニクを植えると病気になりにくいぞ」
　畑の傍らに、別の種類の苗を植えていく。
「まあ、自宅の庭に作物を植えるなんて、まるで戦争中みたいね」
　すっかり宇一のペースに乗せられた貴子は、面白そうに言った。洋一は高らかに笑った。

　連休が終わると、本格的な梅雨に入った。宇一は透析の間も小さな畑の心配をして、帰宅するといの一番に庭に出た。最早疲れたなどと言わなくなり、縁側でぼんやりすることもなくなった。陸も宇一を手伝って、水をやり、雑草を抜き、虫を捕まえて過ごした。二人の献身的な世話が功を奏して、夏の暑い日差しの下、サツマイモの葉が畑一杯に生い茂った。
「陸、これは期待できるぞ」
「うん、秋が楽しみだ」
　すっかり土いじりに馴染んだ陸は、日に焼けた顔をして笑った。
　よく晴れた9月の朝、陸の家族は総出で芋掘りに精を出した。皆の期待通り、土の中から掘り出されたサツマイモは、よく太って真っ赤な顔をしていた。
「おやじ、美味そうだ」
　洋一の言葉に、利一も目を細めた。
「まあ待て。このまま干して、しばらく保存する」
「え？　なんで？」
　陸が驚いて聞く。すっかり焼き芋モードだったのだ。
　宇一は愛おしそうにサツマイモを撫でていった。
「イモは変化するんだ。手を掛け、待ってやっただけ甘くなる」

　1か月後、新聞紙でくるんだサツマイモを庭先で焼いた。宇一が言ったとおり、それはトロっとして甘く、陸にはことさら美味く感じた。
「おじいちゃん、僕、来年もサツマイモを植えるよ。ネギもニンニクも植える。だから、うんと長生きしてね」
「ああ、俺も養生して陸と畑を耕すよ」
陸の言葉に、宇一はしわだらけの顔をほころばせた。

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