「そうだなぁ、秋らしいワイルドなテイストでいこうか」
店主がパチンと指を鳴らした。
「はい! お願いします!」
鏡の中の俺が、冷ややかな視線を俺に向けている。
「なかなか良いじゃないか」
「そ、そうですかね・・・・・・」
「ああ、バッチリだ」
タンガリーシャツにジーンズ。チャンピオンベルトみたいなデカいバックルのベルトの上には、下っ腹が乗っかっている。何本もの素麺をぶら下げたようなヒラヒラしたレザーのベストと白いテンガロンハット。
「わし」どころか「オイラ」と言った方が相応しく思えた。
「カウボーイみたいだ」
そう言って店主がグーと親指を立てるが、俺にはハロウィンに浮かれた中年にしか見えない。
「大丈夫ですかね、ホントに」
「あぁ、渋いよ。威厳も感じられる」
「は、はぁ」
「自分が気に入ってるファッションが、必ずしも一番似合ってるとは限らない」
「なるほど!」
俺は体の奥から何か漲るものを感じた。
「分かりました! これ全部買います!」
「毎度あり!」
「あ、すみません。今、手持ちが一万円しかなかったです」
「いいよいいよ。どうせこの店は今月一杯で閉める予定なんだ。所詮は売れ残りの服ばかりさ。まとめて一万円で構わないよ」
「本当ですか!?」
「もちろんだとも」
「ありがとうございます!」
ん? さっき、売れ残りって言ったよな・・・・・・まぁ、いいか。
住宅街を歩く俺は、まるで馬にさえ見捨てられたカウボーイのような気がしてならなかった。
「着慣れてくればさらに似合うさ」
店主の言葉を信じよう。
幸いなことに佳苗も帰宅していなかった。もう一度、自分の姿を鏡で確認しておきたい。
「しまった、カギ、持ってねーや」
しかし、俺は慌てない。日差しを避ければ快適な気温だ。庭へとまわり、ウッドデッキに仰向けになった。久しぶりによく歩いた足は重いが、心地いい。
いつの間にか、眠りに落ちた。
夢の中で荒野の悪党に腹を撃たれて目覚めた。ん? 夢から覚めて尚、腹に刺激を感じる。顔の上に置いたハットをどけて目を開けると、佳苗と芽衣、そして若い男の姿があった。ルーは牙を剥き出して俺を威嚇し、芽衣の右手に握る傘が俺の腹を突いていた。
「うわっぉぅ、ど、どうしたお前達」
「どうしたじゃないよ! パパこそ、こんなとこで寝てたらびっくりするし!」
「えっ? はっ! そうだ、カギを忘れて。わしとしたことが」
「あなた、いい加減にしてよ! 何? その変な服装は? で、誰がわしよ! 気持ち悪い」
気が付くとウッドデッキに正座していた。
「カウボーイじゃなくて牧場のおじさんみたい」
芽衣の言葉に彼氏が顔をしかめて笑いを堪えている。
「芽衣、こちらの方は?」
「彼氏の幹人。よろしくね」
「初めまして。私は泉幹人です。よろしくお願いします」
「あ、芽衣のパパです。よろしく」
「あなた。そういう時は、父って言うの」
「はい」
こいつ、まだ少年のくせに躊躇せず「私」と名乗りやがって。やるじゃないか。
「幹人も私と一緒でM大の法学部が第一志望なの」
芽衣は誰に似たのか勉強が好きで、将来は弁護士になりたいらしい。
「さぁ、皆んな。今日はパパの誕生日だから豪華な料理を用意してるからね。気を取り直しましょう!」
「覚えててくれたのか」
「当たり前でしょ。皆んな中に入って」
その時、芽衣が俺の耳元で囁いた。
「さっき、街路樹に隠れてた時に幹人が来るって聞いたから、緊張させないようにそんな格好してるんでしょ?」
「へっ? 気付いてたのか?」
「当たり前よ」
なんと、できた娘だ。
「とんびが鷹を生むってか。てことは、俺は鷲(わし)にはなれないな。むむっ、うまいこと言うじゃないか」
独りごちる。
「なんか言った?」
「いやぁ、なかなか感じの良い彼氏だなって」
「パパこそいつまでもお茶目で素敵よ」
「ん? 今何て言った?」
「パパ、素敵よって」
よしっ! 俺は俺のままでいいや。こんなに素敵な家族がいれば、俺には威厳など必要ない。
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