52歳でふたりの孫がいるとは。78歳の私にひとりもいないというのに。
最後に、彩香さんの夫だというスーツ姿の男性が立ち上がり、頭を下げた。
「親父。以上が、真奈美の家族のすべてだ」
「あなたのご両親は?」
芳子が、真奈美さんの方を向く。
「十年以上前にふたりとも病気で亡くなりました」
真奈美さんの家族が来ると洋介から聞いたとき、参加するのは彼女の両親だと思っていた。まさか娘さん夫婦と孫たちだとは。
「真奈美と婚姻関係を結んだ瞬間、この子は俺の孫になるんだ」
「確かに、そうだな」
血縁関係がないが孫に違いない。38歳で祖父になるなんて、なかなか経験できないことだぞ。
「親父たちから見て、彩香は孫、葵と蓮はひ孫だ」
突然の出来事なので実感がない。驚きやうれしさよりも戸惑いの方が大きかった。ただ、芳子にはうれしさを強く感じてほしかった。
「芳子。たった一日で、孫とひ孫の誕生だぞ」
「何を言っているの、あなたは」
私の期待に反して、芳子は苦虫を噛み潰したような顔をするだけだった。
「わたしたちとは血がつながっていないんだから、孫でも、ひ孫でもないわよ」
座ったまま背を向けてしまった。
「俺にもひ孫を抱っこさせてくれないか」
「OK!」
洋介から蓮くんを受け取り、抱きかかえた。
蓮くんは私の顔を見てニコッと笑った。ほっぺたがふっくらとしていて愛らしい。いつまで抱いていても飽きないだろう。血がつながっていなくても、小さな子はかわいいものなのだ。
それにしても洋介のヤツ、やることが突然すぎる。年寄りの心臓に悪い。
「おまえ、真奈美さんに孫がいることを、なんで早く教えてくれなかったんだ」
「予告なしに葵と蓮を会わせて、親父に、突然曾祖父になった衝撃を味わってもらおうと思ったんだ」
「そうだったのか」
ジョークが好きなおまえらしいな。洋介の気づかいがうれしかった。
「本物の孫は見せられないからな。まあ、俺を今まで育ててくれた両親への感謝の気持ちだと思ってくれ」
びっくり箱をもらって開けたときのような衝撃があったが、人生で最高のプレゼントだ。
「芳子も蓮ちゃんを抱っこしてみるか?」
「遠慮しておくわ」
妻はそっけなく拒否した。
「いいから、一度抱っこしてみろよ」と命令口調で頼むと、「しょうがないわね」とグチをこぼしながら妻はしぶしぶと蓮くんを受け取った。孫を抱いたことがないから、抱き方がぎこちない。「おい、落とすなよ!」と思わず注意してしまう。
蓮くんは芳子の顔を見ると、「ばあばばあば」と声を出して無邪気に笑った。
「えっ。この子、わたしのことをばあばって言ったよ」
芳子は興奮したように顔を紅潮させた。
「そんなことを言われたのは初めて。なんだか感激しちゃった」
「よかったじゃないか」
妻の幸せそうな笑顔を見て、私まで幸福な気分になる。
「葵。おじいちゃんとおばあちゃんにごあいさつをしなさい」
画用紙に絵を描いていた葵ちゃんに真奈美さんが声をかける。葵ちゃんは立ち上がって、私と芳子の前まで歩いてきた。
「おじいちゃん、おばあちゃん。こんにちは!」
私たちの目の前に立って、頭が畳につきそうなくらいに大きくお辞儀をした。目がクリッとしていて、なんてかわいい子なのだろう。
「ありがとう、葵ちゃん。こちらこそ、よろしくね」
白い歯を見せていた芳子の目に、うっすらと涙が浮かんでいた。
血のつながりは関係ない。真奈美さんの家族は今日から、私の家族なのだ。
「彩香さん。葵ちゃんは来年、小学生よね?」
芳子は蓮くんを抱っこしたまま、彩香さんの方を見た。
「はい」
「ランドセルは買ったの?」
「まだですよ」
「わたしが買ってあげたいの。いい?」
彩香さんは考えるようなしぐさをしたあと、「はい。喜んで」と笑顔で言った。
芳子は、来週、葵ちゃんを連れて百貨店に行くと言い出した。
「孫にランドセルを買ってあげるのが、わたしの夢だったの」
そんなの、初めて聞いた。夢がかなうのはいいことだ、私たちはあと何年、生きるのかわからないのだから。
「葵ちゃん。たまには、じいじの家に遊びに来てくれよ」
私は葵ちゃんに優しく声をかける。
「うん、いいよ。わたし、おじいちゃんが好きだから」
葵ちゃんの頭をなでながら、私は涙が止まらなくなった。
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