【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『息子の結婚』佐藤 勉

 入籍だけで挙式をしないと洋介は宣言していた。その代わりとして、2カ月後に両家で顔合わせ会を催すことになっている。当事者のふたりが決めたことなので、何も言わずに賛成した。
「真奈美の家族が来るから、よろしくな」
 洋介の言葉に、私は「わかった」とうなずく。
 ふたりが帰ると、私と芳子だけが居間に残った。
 真奈美さんとは形式的な会話しかできなかったが、人柄の良さや優しさが会話の中ににじみ出ていて、息子の嫁として迎えるには申し分のない女性だと感じた。
「俺は真奈美さんをひと目で気に入ったぞ。おまえはどうなんだ」
「知らないわ」
 私の目を見ようとしない。まだ、むくれているようだ。
「真奈美さんのご両親はもしかしたら、俺たちよりも年上かもしれないな」
 相手の両親と初めて顔を合わせる大切な場だ。服装にも気を遣わなければならない。
「わたし、顔合わせ会なんて本当は行きたくない」
 そんなことを平気で言う。私は当然、納得しない。
「俺たちは洋介の親なんだぞ。おまえが欠席してどうする」
「でも……」
「孫がほしいというおまえの気持ちはわかるけど、孫よりも洋介の幸せが優先だろ。そうは思わないか?」
 芳子は黙りこんだままで、うなずくことはなかった。

 両家の顔合わせ会は、東京都内の料亭で行うことになった。着なれないスーツで1時間の電車移動は決して楽ではない。
 芳子は参加を渋っていたが、私の再三の説得で、どうにか足を運んでくれることになった。ロング丈の紺色のワンピースが、妻を年齢よりも若く見せている。
 料亭の玄関で脱いだ靴を、靴箱に入れる。廊下を歩くと足が震えてきた。「水仙」という名が掲げられた個室の前に立つと、なぜか中から子供の笑い声がしてくる。
「洋介から聞いた部屋は水仙でいいはずだが」
 失礼しますと声をかけてから引き戸を開けると、幼稚園生くらいの女の子が畳の上に座っていて、おもちゃで遊んでいた。
「失礼。部屋を間違えました」
 私が引き戸を閉めようとしたときだ。
「親父。ここでいいんだよ」
 引き戸から手を離して部屋の中に視線を移すと、ブラックスーツをまとった洋介の姿が目に入った。
「お、おまえ、その子は誰の子だ?」
 畳の上であぐらをかきながら2歳くらいの男の子をだっこする息子の姿に、私は目を丸くした。
「これから説明するから、とりあえず部屋に入れよ」
 なぜ息子が子供を――わけがわからず、頭が混乱した。いや、冷静に考えれば、真奈美さんの兄弟姉妹の子供かもしれない。まずは落ち着かなくては。
 私と芳子は言われるままに部屋へ入り、畳の上に正座した。
「親父、驚かして悪かったな」
「この子供たちはいったい……」
「それを説明する前に、自己紹介だ」
 こげ茶色をした和風テーブルのまわりに大人が3人、座っていた。いちばん奥にいるのが、薄い青色のワンピースをまとった真奈美さんだ。その横に白いブラウスを着た30歳くらいの女性がいて、さらに隣には紺のスーツに青いネクタイを締めたやはり30歳くらいの男性がいた。両親らしき高齢者の姿はない。
 白いブラウスの女性が立ち上がり、「はじめまして」と緊張気味に深々と頭を下げた。
「わたしは真奈美の長女で、野田彩香と申します」
「長女?」
 私は驚きを隠せなかった。
「洋介。真奈美さんは初婚だと言っていたじゃないか。なぜ娘さんがいるんだ」
「実は、真奈美はシングルマザーだったんだ」
「なんだって⁈」
「未婚のまま子供を産んだんだ。別に親父をだましたわけではない」
 子供がいても未婚なら、確かに息子の話はウソではないが。それにしても……。
「わたし、大学4年のときに、当時つきあっていた彼氏の子を妊娠してしまったのです」
真奈美さんが笑顔で説明してくれた。妊娠したことを告げると、父親の男は怖気づいたのか、真奈美さんの元から逃げるように消えてしまったそうだ。
「大学を卒業する間際だったこともあり、私は独身のまま、産む決意をしました。そのときの子が彩香です」
「この子たちは彩香の子供、つまり真奈美の孫なんだ」洋介が、抱いている子を優しくあやしながら言った。

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