数週間後、私たち夫婦の新しい家に一枚のハガキが届いた。祖母からだった。母から私が結婚した話を聞き、おめでとうの気持ちで送ってくれたのだろう。そのハガキはびっしりと懐かしい字で埋められていた。幼少期に見ていた祖母のあの不思議な呪文の字だ。その字は昔と変わらず筆でサラサラと流れるように書かれていた。そして相変わらず私には読めない!
嬉しくてたまらず母に電話をし、「おばあちゃんからハガキが来たよ!自分の口から直接結婚の報告とハガキのお礼を言いたいから、私からおばあちゃんに電話しても大丈夫かな?」母は、祖母が私のことを分からないだろうこと、電話をうまくとったり切ったりできないかもしれないこと、電話が通じたとしても会話が成り立たないかもしれないことを危惧していた。そんなのかけてみないとわからない!とにかく電話してみよう。祖母に持たせているという携帯電話の番号を聞き、「どうかな…かかるかな…、寝てるかな……?電話とれるかな……?」と色んな思いを巡らせ、気長にコール音を待ち続けてみようとさっそくかけてみたところ、トゥルル…カチャ!「はぁ~い」と何とわずかワンコールで祖母は電話に出たので拍子抜けしてしまった。しかもその声は昔と変わらぬスーパーばあちゃんの明るい声だった。私の携帯番号を知らないはずだから、誰からかかってきたのかわかっていない。「おばあちゃん、孫の祥子だよ!ハガキ届いたよ!ありがとう!」おばあちゃんが私のことをわからなくともとにかく〝ありがとう〟と伝えたかった。孫の誰なのか、もしかしたら私のことを忘れて母の声と勘違いしているかもしれない、それでもよかった。
すると祖母は「にゃはははははは!祥子ちゃんねー!」と、豪快な笑い声を聞かせてくれた。呂律もしっかりしており、私のこともわかっているようだ。母が危惧していたような感じでは全然なくて私は嬉しかった。そして直接自分の口で報告をした。
「やっと結婚したとよ」
おそらくハタチかそこらで結婚する時代だったであろう祖母に、三十五になってようやく結婚した自分のことを伝えるのは恥ずかしかった。一体どう思うだろう。「遅かったねぇ」「結婚せんかと思っとったよ」「お父さんお母さんも心配やったろうね」なんてことを言われるかなぁと思っていた。
祖母は、「祥子ちゃんは、何歳になったとね?」と聞く。きたきた、と思い、私はおそるおそる「もう三十五歳になったよ」と答える。すると祖母の返事は意外なものだった。
「にゃはははははは!わっかいわねーーーー!」祖母が大きな声で笑う。受話器から祖母が飛び出てくるんじゃないかとずっこけた。
「今、若いって言った?おばあちゃん?」
「そうさぁ、ばあちゃんは九十よ!三十五なんて若いやないね!ピチピチたい!これからも自分自身が幸せと思える生き方をすればよかったい!幸せなら嬉しか―!にゃはははははは!」
九十の祖母にとって、私はまだまだ若造だったようだ。それはそうだな。自然と私はふふふと頬が緩む。
「ほんとやね!おばあちゃん!にゃはははははは!」そして気づけば私もつられて笑っていた。祖母は私の結婚を喜んでくれたが、結婚したかどうかよりも、それ以上に私自身が自分の生き方に納得して今幸せと思えていることを喜んでいた。そして、ピチピチの三十五なんだから、これからもやりたいことにたくさん挑戦できる。楽しみなさいと。ハガキにもそういった内容を書いてくれていたようだ。
後日、母に祖母の電話での様子を伝えた。祖母が昔と変わらずしっかりとした受け答えをしていたということに母は驚いていた。母曰く、実際はかなり波があるようで、次の日にはもう何も覚えていなかったり、また誰なのかわからなかったりするという。あの時は祖母からもらった呪文のハガキで私にも魔法がかけられていたのかもしれない。
祖母は、介護ホテルに書道道具一式を持ち込み、思うままに今も書道を楽しんでいるらしい。きっと不思議な字の呪文が次々書かれていることだろう。豪快な笑い声とともに祖母の魔法はこれからもずっと続く。祖母はいつまでも私のスーパーばあちゃんだ。
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