【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『ハシワタシ』間詰ちひろ

「サキちゃん、ネットのテレビみたいなの使ってたでしょ。大学の授業だって。あれ、個人同士でもできる?」そのメッセージを見て、咲もピンときた。森親子をつなげるってことか。実際には会えなくても、せめて顔を見て話ができれば。お互い気を使いすぎている現状を少しは分かり合えるかもしれない。
「お節介すぎない? 息子さん、会いたくないんじゃない?」
「うーん、そうかも。でも会いたくないなら断るでしょ。サキちゃん、ネットのセッティングしてあげて」
その後、公代からは「幸運を祈る!」とだけ送られてきて、咲は少しため息をついた。確かに嫌なら断られるだけだ。まずは話してみるのはアリかもしれない。森は息子と時々電話はしてると言っていたし、まったく音信不通という訳じゃない。

翌日の昼前に、咲は森家のインターフォンを押した。昨夜と違い、指先は震えない。しかし、これから話す内容を考えると胸が震えた。
「咲さん、どうしたの?」と、心配そうに出てきた森に、咲は「むしろこれから問題を起こそうとしているかもしれない」と不安になりつつ「ご提案、なんですけど」と切り出した。

「……要するにテレビ電話が簡単にできて、息子の顔を見ながら話ができる、ってこと?」渋い顔で質問した森に対し「そういうこと、です」と咲は小さくうなずいた。
「仕組みは分からないけど……」不安そうに森は呟き、言葉に詰まり俯いていたが「もし、拓実が了解してくれるなら、試してみたい、かな」と顔をあげた。咲は胸の中でほっと息をはいた。森が「息子に悪い」と遠慮して断るかもしれない思っていたからだ。
「荷物のお礼電話、の延長って考えれば、迷惑じゃないよね?」まだ不安そうだが、森は咲の提案を受け入れてくれた。
「息子さんとメールできるんなら、問題ないと思います。えっと、一回テレビ電話で顔を見ながら話せるか確認してもらえますか? OKだったら、私が設定してURLとパスワードとか送ればできますので」
なんだか分からないけど、咲さんができるっていうならお任せしましょうと、森は電話を持ってきた。森の携帯はガラケーだったが、今回の画像通話には自分のスマホを使えばいいやと割り切っていた。
「拓実から返信……今日代休で、午後は出かけるけど今なら少し電話できるって」
「え! 今すぐ? 展開が早すぎて、私の心の準備が……」咲は予想外に早い流れに慌ててしまい、その様子を見て森は笑っていた。
「ちょっ、ちょっと、待っててくださいね」咲は画像通話の設定を行った。慣れているし、難しいものじゃないが、焦ってしまい手が滑る。
「できました! じゃあこれを送りますんで息子さんのメアド教えてください」森の携帯電話を見せてもらいURLを送信した。アプリを立ち上げ、咲は設定を済ませたスマホを森に手渡した。
「いま森さんが映ってますよね。ここに、もう一つ画面ができて息子さんが出てくるはず、です」あらまあ、と画面を見ながら髪を手で整える森の様子はどこか可愛らしくも見えた。ポンと音が鳴り、二画面に切り替わる。森の息子、拓実がどことなく緊張した面持ちで現れた。
「じゃあ、このままお話しできますから。私は一旦玄関にいますね」咲は家族の会話を聞かない方が良いだろうと、その場から席を外した。
どことなくぎこちない中年男性の声が漏れ聞こえて、少し弾んだ森の声が続く。それは優し く、心地よい波長で咲の耳に届く。近くに住んでいても、いなくても。一緒に住んでいてもいなくても。家族との距離の取り方は難しい。むしろ家族でない方が腹を割って話せることもある。
「おばあちゃんの手術、無事に終わったよー」という母からのメッセージを見て、咲は、退院したら乾杯できるように、祖母の好きな果物のジュースを買いにいこうと、午後の小さな予定を決めた。

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