「そうだけど?」
「事故物件かどうかと、出るか出ないかは別だから」なるほどね。
「ところでパパ、最近なんかあったの?」
「なんかって、なに?」
「霊」
真剣な表情で聞いている。
「なんにもないよ」家族を怖がらせるわけにはいかない。
「いいから話して。ぼくはだいじょうぶだから」
聞いてもらおうかな、どうせアレは気圧のせいかなんとかだろう。
「パパ、見たの?聞いたの?」
「霊かどうかわからないけど、この間夜中にエレベーターで、ぽん ぽん ぽぽん!って音
を聞いた」
「ああアレか」
え、知ってるの?
「アイツは性格がよくないね。ここの人は静かなタイプが多いんだけど」アイツ?ここの人?なんの話?
「これから話すこと、パパ、だいじょうぶ?」がんばれると思う。
「あのね、ナイショにしてたんだけど、いい?」いいけど。
「ぼく、見えるんだ」見える?
「霊、ね」
「いつから!」叫んだ。そりゃ叫ぶよ。
「パパ落ち着いて。ゆっくり話していい?」お願いします。
「ずっと見えてたよ。たぶんぼくが赤ちゃんの頃から」
ひっくり返りそうになりながらも、聞いておかなきゃならないことがある。
「聞いていい?」
「もちろん」
「つまりこのマンションは」
「出るよ」
このマンションに出る霊は、メンバー?が一定ではなく短期的に入れ替わるそうだ。ちなみにその日出ていたのは、エレベーターホールにおじいさん、ロビーのソファに小さな女の子、玄関脇の植え込みに髪の長い人、たぶん女性。
「小さい頃ほど見えなくなったよ」十分です。
「出るのはこのマンションのビル。おうちの中には入ってこないから安心して」
安心しないよ。明日からは明るいうちに帰ろう。
まあいいが(まったくよくないが)、問題はマキコだ。彼女が知ったらショックを受けるに決まっている。住みたくないと言い出すかもしれない。
「今日話したこと、ママにはナイショだよ」
「んー、ナイショ?ね」
なんか引っかかる言い方だな。
「根本的なことを知りたいんだけど、なにがどうなったら出るの?もともとここになんかあったの?沼とか」
根本的って言葉が小 4 にわかるかなんて、この際どうでもいい。
沼とか知らないけど、このマンション、霊道じゃないかって。霊が通る道」
「心霊研究会に聞いた?」
「ううん、ママ」ママ!
「なんでママがそんなこと?」一体全体、なにがなにやら。
「引っ越した時はいなかったんだ。それがこの頃になってね。ママも不思議だって」
「つまりママも」
「見えるよ。ぼくよりもハッキリ」あああ、そう。
「パパだけなんだよ、家族で見えないの」
マキコが夜の公園を嫌がったのは、そんなところにはだいたい霊がいるから、怖がりのぼくを心配して。
マンションを探している時、事故物件じゃないことをしつこく確かめたのは、ぼくが怖い思いをするとかわいそうだから。
「ママ言ってたよ」って。
「ママ、私のせいだって後悔してた。引っ越す時、もっとしっかり探っておけばって」
やさしいね。
「パパをしっかり守ろうね、って二人で話したこともあるよ」
泣けてきた、いろんな意味で。
「どうしたの、元気ないね、またぽんぽん出たの?」ミヤケさん、アンタには何も教えないよ。
「だから沼の話はジョークだって」カトウさん、オマエにもな。
ちょっと飲みすぎた。
酔っ払った。
今夜も楽しかった。
時計を見ると 12 時を回っている。
マンションが見えてきた。いくつかの窓からまだ灯りが漏れている。あれがぼくのマンションだ。ぼくらの家だ。
街は街でいい。
マンションはマンションでいい。あるがままでいい。
でも、家はぼくらのものだ。なにが出ようと、いちばんは家族だ。
「タイヘイ、まだ起きてるのか」
「おかえり。ゲームやってたってママには言わないで」マキコはもう寝ているらしい。
「この頃、ぽん!聞かないよ」
「どっか行ったみたいだよ」
「パパだけ見えないなんて、ちょっと寂しいな、仲間外れみたいで。パパにも見えたら家族でもっと話せるのにね」
「パパ、酔っ払ってる?」
「ちょっとね」
「それ、本気で言ってる?」
とんでもない。
『ARUHI アワード2022』10月期の優秀作品一覧は こちら ※ページが切り替わらない場合はオリジナルサイトで再度お試しください