アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
赤沼は都心のターミナル駅から急行で 30 分、かつてあった大きな精密機械工場のために開けた街だ。その跡地の再開発で、十数年前にショッピングモールと数棟のタワーマンションができた。その一つにぼくら家族 3 人(ぼく、妻マキコ、長男タイヘイ)は住んでいる。
タイヘイが 9 歳になり、そろそろ自分の部屋もいるよね、離れた私立の小学校に通うにも近い方がいいよねってところから、その中古 3LDK に半年前に引っ越した。赤沼は不人気タウンらしくあまり活気もないが、ぼくは買ったマンションにも騒がしくない街にも納得している。
駅周辺には新しめなビルが建ち並んでいるが、駅前ロータリーの先に昔からの商店街が延びている。その商店街沿いの、駅とぼくのマンションの中間くらいに、いかにも昭和な飲食店ビルがある。昔は工場で働く人たちで賑わったんだろうが、令和の新住人はお好みじゃないのか数軒には「テナント募集」が貼られている。
その一角に「アップル」がある。
そのビルはスナックと居酒屋が大半で、いわゆるバーはここくらい。
カラオケ苦手のウイスキー好きのぼくは、入りたいなと思いながらも、表には店名と、「ビール 600 円、ウイスキー500 円〜」と書かれた立て看板しかなく、窓もないので中の様子も見えない。
40 過ぎて困ったもんだが、(お客はどんなたち人だろう)(よそ者だしな)なんて考える臆病者なのである。ぼくはしばらくの間はドアを開ける勇気もなく、店の前を行ったり来たりの繰り返し。
ある夜ドアの前でいつものようにぐずぐずしていたら、外に出てきたお客と目があって
招き入れられた。案ずるよりも居心地がよくそれから週に2、3度通うようになった。
そこの常連は、ぼくを引き入れてくれたミヤケさん(地元の不動産屋)、カトウさん(駅前のコンビニオーナー)、あとはぼくと同じく赤沼から都心に通うサラリーマンたち。みんなぼくより年上で、話のおもしろさが黒帯。もっぱら聞き役が楽しく、マキコには口実をつくってせっせと寄り道するのだが、ある夜の帰りの出来事がその後の大問題となる。
その夜はアップルに長居しすぎて、マンションに着いたのが夜中の 12 時過ぎ。エレベーターに乗って行き先階を押したちょうどその瞬間。
ぽん ぽん ぽぽん!鼓を打つような音。
何事かと身構えたが、(酔っぱらったなー)と自分に言い聞かせて 17 階に着いた。
そのことは忘れよう忘れようとしていたんだと思う。でも「ぽん!」が 2 度 3 度となるとただ事ではない。
これはマキコには話さない方がいいな、と思っていた矢先のこと。
その夜のアップルは怪談話で盛り上がっていた。
「オレ、昔サイパン旅行でね、出たのよ」
「出ちゃったか」
「霊感とかないのよ、オレ。見えないし」
「知ってる。アンタ鈍いもんねー」
「それがさ、夜中にパンパンパンパン、どこからか音が聞こえるのよ」
「隣の部屋のカップルじゃねーの?」
ミヤケさんとカトウさんの掛け合いだと怪談も(エロ)漫才だ。
それはそうと、霊感がなくても聞こえるということが気になって、例の件を口にした(やめときゃよかった)。
「最近奇妙なことがありましてね」
「どうした?」さあ聞くよって顔で、ミヤケさん。
「マンションでヘンな音を聞きましてね。ぽん!って」
「なにそれ?」
「鼓を打つような」
「いよぉーっ ぽん!か」
「それです」
「あ!そりゃ霊だ」横から、カトウさん。
いちばん言われたくないことを、あっさり。
ミヤケさん、盛り上げるようにひそひそ声で聞いてくる。
「どこ住んでいるんだっけ?」
「モールの隣のマンションです」
「タワマン?」
「はい」
ミヤケさんが顔をしかめアゴを触るのは、オレこれから語るよ、のサイン。
「言っちゃっていいのかな?聞いちゃう?」
言いにくそうな口ぶりなのに楽しそうだ。
「とりあえずお願いします」
「沼だね」横から、カトウさん。
「カトちゃん、待ってよ。オレが話すんだから」
「ミヤちゃん、ごめんねー」
この二人、明らかに楽しんでいる。
そのやりとりを聞いて、店中の客は、それでそれで?という顔で見ている。