【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『出るよ』ヤマモトタカシ

「で、沼がどうしたんですか?」尋ねないわけにはいかない。
待ってました、って顔でミヤケさん。
「モールのあたりは、沼だったんだよ」
「もともと工場だったんじゃ?」ぼく。
「その前が沼。だから赤沼」カトウさん。「沼は出るよねー」周りの客に相づちを求めている。
「工場の頃から噂はあったよ」うらめしや〜のポーズで、ミヤケさん。
「ああ、電話ボックスの落武者ね」ミヤケさんも、うらめしや〜。

うらめしいのはこっちだ。

「またその話。二人ともいい加減にしなさいよ」ママ。
「タワマンのお客さんが来るとそうやって怖がらせるの」
「えへへ」二人はいたずらがバレた顔で、ゴメンと手を合わせている。
「そのせいでお客さん 2 人、来なくなっちゃったんだから」
ぼくもしばらく来るのやめようかな。沼はあった。
でも落武者は出ない。
しかし「ぽん!」問題は解決したわけではない。
そしてそれがなにでどうであれ、しっかりしなきゃ。新居だ。新生活だ。家族に嫌な思いをさせてはならないのだ。

その週末、土曜日の夜。
昨日からマキコは実家に帰っている。おかあさんが体調を崩したらしい。タイへイは次の
朝早くサッカーの練習がある。もう寝ているんだろう。
リビングのソファでハイボール飲みながらテレビを眺めていると、事故物件芸人とやらが出てきた。自分が経験した霊体験を語っている。そういう時間帯か。12 時を回っている。自殺・他殺・変死のあった部屋に自ら住んでそれをネタにしようというのだから、たいした心臓だ。

マキコがいればこんな番組は見ない。彼女はぼく以上の「怖がり」なのだ。結婚前のデートでも、夜の公園にも夜の海にも行きたがらなかった(下心がバレたかと思ったけど)。マンションを探している時にも、物件ごとに不動産会社の担当者に「ここは事故物件じゃない

ですよね」と詰め寄っていた。

やっぱり、マキコに「ぽん!」の話なんてできないな。
なんて思っていると、番組で事故物件サイトを紹介していた。見たことはないが知っている。いわくつきの物件をマップ化しているらしい。マキコほどではないが、ぼくは霊とかオバケとかは苦手だ、というかマジ怖い。でもいまだに「沼」は引っかかっているし、恐る恐るそのサイトをのぞいてみた。
幸いなことに、このマンションには事故物件マークはついていなかったのでちょっと安
心していたら、「このサイト、あてにならないんだよね」という声。いつの間にかタイヘイが隣で PC のモニターを覗き込んでいる。なんだよ、びっくりするじゃないか。

「このサイト知ってるの?」
「学校で流行ってる。近くの事故物件を探検するんだ」
「趣味よくないよ、そういうの」
「ぼくはやらない。やっているのは心霊研究会のヤツら」
同じクラスの男子グループが、心霊スポットや事故物件で肝試しするらしい。ぼくの小学校でも流行ったな。いつの時代も小学生はオバケ好きということか。
「トイレの花子さんって知ってる?」
「知ってるけど、うちは男子校だから」
あ、そうか、花子さんも男子トイレには出にくいわな。
でも昔、花子さんは日本中の小学校にいた。ぼくの小学校にもいた。
2 階の端の、女子トイレのいちばん奥の個室。その霊が毎日午後 4 時に出るらしい。閉じたドアの向こうからすすり泣きが聞こえてくるらしい。
女子は近づかないが、無茶したがるのが男子小学生だ。
ある日の午後 4 時、ぼくを含む男子グループは計画を決行することになった。その女子
トイレの前まで行って、一人ずつ「花子さーん」と叫ぶのである。ぼくは 5 番目だったが、緊張感のあまり順番を待つ間にちょっと漏らしてしまった。それからしばらくぼくは「トイレのユウちゃん(ぼくの名前)」と呼ばれることとなる。それ以来これ関係は避けて生きてきたのだが。

「タイヘイは興味ないの?」
「霊のこと?ああいうの嫌だよ」
そうだね、嫌だよねー。やっぱりぼくの子だ。
「パパさ」ん?

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