【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『ラブストーリーはいつも突然なのさ』橋詰やす子

思い出すだけで自分が情けない。結局謝礼がもらえるからという理由で、受けてしまった友達(仮)の彼氏盗撮。でもこれがうまく行ったら、探偵業も視野に入れてみてもいいかも、と楽天的に考えてしまう自分がいる。

「お待たせしました」
男の前に、ホットコーヒーらしきものが置かれる。二人座れる席に一人で座っているから、これから他称泥棒猫ちゃんが現れる可能性は0ではない。
パソコンで作業するふりをして、男を横目で観察する。なるほど、あの皐月が好きそうな男だ。どこか華があって、休みの日にはくるぶしが見える短めのパンツを履いてカフェにいたり、大学時代の仲間とかとフットサルしたりしてそうな。どこに行っても、花形になりそうな。
そんなことをぼーっと考えながら、冷めたコーヒーの残り二口のうち一口を流し込む。そうこうしているうちに、サービスの梅昆布茶のお代わりが来ることを切に願う。

30分経過しても、男の連れは来なかった。ずっと見つめているわけにはいかないので、パソコンに入っているソリティアに勤しみながら、時折男の方を見て経過を観察していた。
男はパソコンを開いて、ずっと仕事らしきことをしている。
私と言えば、ソリティアに取り組みながら、何枚かスマホカメラで隠し撮りをして、皐月に提出するための写真を用意するという情けなさ。きっと男は私とは違って、時間つぶしにソリティアをすることもないんだろう。見た目とは裏腹に、真面目な男そうだった。

1時間経過。気づいたら、男はすでに会計を済ますためにレジにいた。少々ソリティアに熱中しすぎたようだ。私もあわてて帰り支度をして、レジに向かう。
急いで店を出ると、外は雨。男の姿はすでにない。そして、傘は持ってきていない。仕方がないから軒先で雨宿りをしながら、雨が弱くなるのを待つことにする。その間、皐月に写真を送ってしまおうと思い、スマホをポケットから取り出そうとしたら、手が滑って地面に落ちてしまった。画面から落ちなかったのは不幸中の幸いだ。最近つくづくツイてないな、とため息を一つはき、スマホを拾おうと手を伸ばす。そこに、自分よりも大きくて、ごつごつしている手が横から伸びてくる。「ああ、いい手だなあ、男っぽい」なんてうっすらと思いながら、横を向くと、そこにはなんとあの男がいるではないか。男よりも早くスマホを拾い上げなければ、と急いで手を伸ばすけれど、指は宙を舞う。男は私のスマホを手に取り、わざわざハンカチを取り出して水気を取ってくれている。私は目の前の現実を理解しきれず、呆然と立ち尽くす。その間に、スマホとハンカチの汚れが逆転し、男は笑顔で私にスマホを差し出した。
「すみません差し出がましかったですかね。でも、画面割れてなくてよかったですね」
「あ、はい。どうもありがとうご……」
ハイテクも考え物である。スマホを受け取ろうとした瞬間、下を向いていたのが仇となった。私の優秀なスマホ君は、私の顔を認識し、ロックを解いてしまったのである。そしてその時、画面には斜め後ろから撮影したと思われるか隠し撮り写真、が。
男の動きが止まる。私の動きも止まる。
「あれ、これ……俺?」
男の投げかけに、何も答えられない。ヘイSiri、今の状況にふさわしい返答を頼むよ、と言えたらどれだけ楽だっただろう。スマホはいまだ、私の手には渡っていない。
「あれ、もしかしてストーカー的な……?」
その言葉に、頭をバッと上げる。とにかく否定しなければという気持ちでいっぱいになる。
「いえ、そうではないのですが……」
こうなったら、私の社会的名誉のために、素直に話した方が良いだろう。結論、謝礼無し。最悪5万円返上。
「すみません、宮野皐月ってご存じですよね?私彼女と同級で……その……浮気調査をお願いされまして」
「え」
男は素っ頓狂な声を出す。