【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『Birthday』四四田鹿辰(ヨシダ ナレシカ)

「上等だ、殺す気だ馬鹿野郎」
「冷静に！一回落ち着けって、夏生お前、自分の黒歴史思い出すからって理由で絡むのやめろ」
「はあ？そんなんじゃねえだろうがよ、てめ、どういう意味だこの野郎」
「おい、今関係ない話でもめるなって」
いよいよこのままでは殴り合いになりかねないというところで、間の抜けた着信音が鳴り響いた。
「あ、僕のスマホです」
突如白けた空気が流れる中で、申し訳なさそうに吉村くんが手を上げる。持ち主同様 空気を読まないスマホだ。その時、俺は夏生に胸ぐらを掴まれ、そんな夏生を止めようとした秋生は、狭い部屋の中で吹っ飛ばされていた。
こちらをちらちらと眺めながら、電話に出てもいいかどうか、様子を窺っているらしい吉村くんに、ため息交じりに電話に出るよう促す。
「こっちの話が終わってねえ、そんなもん後にしろ後に」
「そういうわけにいかないだろ、大事な連絡かもしれないんだから。出ていいよ」春生にも促されて、吉村くんはようやっと電話に出た。
「はい、吉村です」
電話の邪魔にはならないように、それでも互いに小競り合いをしていると、吉村くんの素っ頓狂な叫び声が響いた。
「産まれたぁ？！」
「はあ！？」
まだ産まれないのではなかったのか。吉村くん以外の全員の口から一斉に叫び声が飛 び出した。電話を終えたらしい吉村くんは虚脱したまま動かなくなり、そのまま無言で涙を流し始めた。
「ゆきは？！」
「あ、あの」
嗚咽の止まらない彼の様子に、誰もが気が気ではなくなって、彼の次の言葉を待っていると、「ゆきちゃんも子供も無事だって」と言って、吉村くんはそのまま座り込んだ。思わず全員脱力してしまう。
「よかったー」

張りつめていた空気が、がらっと変わった。
「兄貴たち、泣いてる」
秋生の笑い声に振り返ると、春生と夏生がぼろぼろと涙をこぼしている。
「吉村てめえ、まぎらわしんだよっていうか、ぼっとしてんじゃねえ」
ぐい、と涙をぬぐった夏生が、座り込んでいる吉村くんの腕をぐいっと持ち上げた。
「へ」
「そうだよ病院！病院行かないと」
「でも、あの戸締りとか、あとお兄さんたちも」
「いいから、そんなん俺たちがして、追いかけるから。ほら、鍵貸しなよ」
「あの、でもどのみちバスだし、時間になんないと」
「タクシー来るよ、アプリで今呼んだから」
「タ、タクシー」
秋生にてきぱきと支度をさせられ、されるがままになっていた吉村くんは、タクシーという言葉に固まってしまった。
「タクシー代が、えっとその」
「あーもう面倒。これ使いなよ」
「あ、秋、てめ何俺の財布」
「いいだろべつに」
「よかねんだよ」
秋生が勝手に吉村くんに渡そうとした財布を、夏生が慌てた様子で奪い返したとき、財布の隙間から、なにかがぽんと飛び出した。
「あ！」
焦った声に、一体何が飛び出したのかと見れば、それは古びた安産守りだった。拾おうと伸ばした指をかすめるように、奪い返される。夏生は顔を真っ赤にしている。
「夏生、それ」
「んだよ」
「わざわざ行ったの？」
「んな時間ねえよ。うちん時のだよ」
あんなに怒っていたのに、わざわざ安産守りを持ってきていたのか。そう思うとこれまでのやり取りがおかしくなってしまって、笑いそうになるのをなんとか堪える。

「物持ちがいいね」
「ああもううるせえなっ」
隣で、何が落ちたのかわからなかったらしい秋生が騒いでいるのを振り払った夏生は、握りしめていた安産守りを財布に挟みなおすと、それごと財布を吉村くんに押し付けた。
「え」
「なくすんじゃねえぞ」
「あ、タクシー来たぞ」
ベランダから外を眺めていた春生の声に、夏生は吉村くんを突き飛ばすようにして外へと送り出す。中途半端に突っかけさせられたスニーカーで転びそうになり、たたらを踏んだ吉村くんは、握りしめた夏生の財布の隙間から、目ざとく安産守りを見つけたらしい。何か言いたげな顔で振り返った彼に、夏生は、
「いいから、とっとと行け！」と大きな声で怒鳴った。
怒鳴られて飛び上がった吉村くんは、ぺこりと頭だけを下げると、待たせているタクシーに向かってあたふたと駆け出した。

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