「えっと、ゆきから俺ら兄弟っていうか、家族のこととかは聞いてんだよ、ね」
「はい。四人兄弟で上がお兄さん三人で、ゆきちゃんが女一人で末っ子だって」
「そっか」
何が聞きたいのか、口を開いたわりにそんなことしか確かめずに、春生はまた黙ってしまった。部屋の中には奇妙な沈黙が降りる。こうなったら助け船を出すというよりは、俺のほうが空気に耐えられなくなって、
「そうなると俺が正体不明だな…」と、思わず口を挟んだ。
「あ、ゆきちゃんから聞いてます、仲のいい従兄のお兄さんもいるって…。孝弘さん、ですよね。ほとんど五人兄弟みたいだって」
口を挟んだ俺に向き直って、吉村くんが言った。
ゆきちゃんは、四人兄弟の紅一点というだけではなく、親族の中でも唯一の女の子だった。
唯一の女の子とあって、両親からも、三兄弟からも、祖父母や叔父叔母たちからも、可愛がられすぎたのかもしれないゆきちゃんは、優しくて真面目で、家族に心配をかけることのない優等生だった。それが、もしかすると良くなかったのか。短大を卒業して、実家から通える距離の職場に就職がきまっていたはずのゆきちゃんは、ある日突然、帰ってこなくなった。今から四年前のことだ。突然の家出だった。どこへ行ったのか、誰もわからなかった。
「あの、妊娠わかってから、何度も連絡しようとしたんですけど、でも、あのやっぱり怒られるかなとか思って、俺らどっちも踏ん切りつかなくて。すんません、こんな、その」そうして、一週間前。ゆきちゃんの実家に頼りない青年から電話がかかってきて、俺
たちはゆきちゃんが妊娠して臨月であることと、入院することを知った。
「夏兄、座りなって」
「俺らがどんだけ驚いたと思ってんだ。よくわかんない理由で妹に家出されて、久しぶりに連絡よこしたと思ったら、子供産むって。そんで、子供産むけど、具合悪くなって入院してるって」
「夏兄。ゆきの入院はべつに吉村くんのせいじゃないんだから。それに、命に別条がないってのは、教えてもらってすぐわかったろ」
秋生が窘めようとするのを、夏生は乱暴に振り払う。
「そうじゃねえだろ、命に別条があるとかないとかそこじゃねえだろ。俺らが今日ここ来るまで、この何日かどんだけ頭抱えたと思ってんだよ」
「…すんません」
夏生の剣幕に、吉村くんはすっかり縮こまっている。
「大体、子供出来た、じゃねえんだぞ、もう産まれるって、産むんだって、何考えてんだ
」
「夏生、怒る気持ちはわかるけど、ゆきの責任でもあるんだから」
「ゆきの責任?何言ってんだ兄貴、こういうのは男が悪いだろうが、いくつ年が下だか知らねえが」
「あ、ゆきちゃんとだったら、僕が二つ下です」
「てめ、よくもしゃあしゃあと、そういうこと聞いてんじゃねえんだよ」
吉村くんの、傍で聞いていても今のは少し余計だったかなと思うような、空気を読ま ない返事に、いよいよ夏生がとびかかった。それをすんでのところで、俺と秋生とで引きはがす。
「順序ってもんがあるだろ、順序ってもんが」
「お前だって、出来婚だっただろ」
咄嗟にそんな言葉が春生の口から飛び出す。こういう時、手は出さないくせに、脇から余計なことだけ言うのが、この長男の悪い癖だ。頭に血がのぼっているこいつにそれはあまり良い判断とは言えない。余計なことを言わないでほしい。
「うちは授かり婚だ!」
俺と秋生は「わかったから落ち着けって」と言うのが精いっぱいだ。
「あ、お兄さんもおんなじ感じなんですか」
吉村くんが春生以上に余計なことを言った。お前それはどういうつもりで言ってるんだ
。わざとか?天然なのか?振り返った顔は、何も考えていなさそうな顔だった。これは多分、天然だ。余計質が悪い。
「おなじではねえよ、あと何当たり前のように、お兄さんって呼んでんだよ。そんな呼ばれ方する筋合いねえんだよ」
せっかく距離を取れたのに、もう一度力を込める夏生を必死で押しとどめる。
「おいおいおい、夏生お前の力だとこいつ死ぬ」