【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『共鳴家族』秦 大地

ねえぇぇ~、誰かいるうぅぅぅ~?
お風呂の中から叫ぶ。返事はない。でも、わたしは知ってる。みんなリビングに居るってこと。わたしの家族はいつもみんなリビングにいる。それぞれ自分の部屋はあるけど、みんながリビングにいて、スマホを見たりゲームをしたり、テレビを見たり宿題をやったりしている。全員が別々のことをしていても、互いに背を向け合っていても、それでもみんな、お父さんもお母さんも裕太も、そしてわたしも、自分の部屋よりもリビングにいることを選ぶ。
いつもつながっている。ちょうどいいかんじに繋がっている。ぴちゃん、と天井から水滴が湯船に落ちる。
ねえぇぇ~」わたしはしゃべり続ける。「今日さあぁぁ~、嫌なことあってさあぁぁ~
リアクションはない。それでもかまわない。「友情ってさあぁぁ~、けっこう簡単に壊れるみたいだわぁぁ~。その人のためにって思ってやったことでさぁぁ~、簡単に憎まれたり嫌われたりしてさぁぁ~、女子ってのはめんどくさいのですよぉぉ~」
わざと明るい声で、他人事みたいなテンションで報告する。心配させないように。不安にさせないように。実際、ひどいいじめに遭ったわけじゃないし、ただ無視されただけだし、ただ邪険にされただけだし、ただ……
ぼっち飯とかってさぁぁ~、やっぱトイレが定番なのかなぁぁ~。屋上は鍵閉まってて出れないらしいんだよねぇぇ~。ドラマとかだと、そこで他クラスの男子と運命的な出会いとかするんだろうけどぉぉ~、現実はそう上手くはいかないっぽいわぁぁ~」マジでどうする? マジでどうしたらいいの? トイレでご飯とか、もう陰キャ感とハブられてる感が爆発してない? ってか、お母さんが作ってくれたお弁当トイレで食べるとか絶対嫌なんだけど。
うーん、でもこれは自業自得なのかな~。男友達とか他クラスの友達とか作っとくべきだったわ~。あと学校1年以上はある? その間ずっとそんなのが続くの? え、マジか……だめだめ、マイナス思考ダメ、ゼッタイ! 夕飯のときはけろっとしてなきゃ。へっちゃ
らな顔してなきゃ。でも……
美咲~」母がわたしを呼ぶ。「ご飯できたわよ~。早く出てきなさ~い
うぅぅ、声が出ない。お湯の中から抜け出せない。
ぴちゃん、と水滴が水面を打った。その波紋が小さな円をつくって弱々しく拡がっていく。そう言えば人間の体って7割が水分って生物の田村が言ってたな。やばいな、それ。冷静に考えると。わたし、四捨五入すれば水じゃん。
もう、このまま溶けてぜんぶ水になっちゃえばいいのに。
美咲~、早く出てきなさ~い。裕太が心配してるわよ~
してねーよ!」弟の声が裏返る。
!!?
さては動揺してるな? かわいい弟め。仕方がない。出て行って安心させてやるか。むふふ、自然と笑みがこぼれてくる。
大好きだよ。大好きでいていいよね? お父さんもお母さんも裕太も、ずっと大好きでいていいよね。わたしは大きく息を吸い込む。
十数えたら出るぅぅ~
そう声を張り上げるとわたしは、とぷんとお湯の中に顔を沈めた。

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