アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
「美咲~、お風呂沸いたわよ~」
待ってましたとばかりにわたしはお風呂に駆け込む。一番風呂に飛び込んで、頭のてっぺんまでお湯の中に沈めて、十数えて浮上したときに気づいた。あ、パンツ忘れた。そんでもってタオルもない。うわー、やっちまったわ。仕方がない。誰かに頼むか。
「ねえぇぇ~、誰かいるうぅぅぅ~?」
お風呂の中から叫ぶと、声が反響してエコーがかかる。
「いるよー」と母の声。母は声がでかい。
「パンツとタオル忘れたんだけどぉぉ~。持ってきてぇぇ~」
「お母さん、いま料理中~」
えー、それは困る。じゃあ、代打、弟。
「裕太いるぅぅ~?」
「いないー」と声変わりしたての低い声で裕太が答える。
「パンツとタオルぅぅ~」
「弟にパンツ持ってこさせるJKがどこにいんだよ!」
「えぇ~、なんでぇぇ~? 照れてんのぉぉ~?」
返事はない。むむ、強敵だな思春期ボーイめ。
「だめぇぇ~?」
「無理!」
「タオルだけでいいからぁぁ~」
あーあ、誰も助けてくれない。まったく、世知辛い世の中ですなあ。仕方がない。とりあえずシャンプーして体洗うか。長風呂してれば後でお母さんが持ってきてくれるだろうし。っていうか、このシャンプー早くなくならないかな。べつに嫌いじゃないけど、香りがいまいちなんだよね。でも、無くなってもどうせまたこれか。家族用のシャンプーにいいやつ買ってもらうのはたぶん無理だもんね。
いっそわたし専用のシャンプー置こっかな。二千円くらい出せば髪にいいやつ買えるのかな。わからん。こんど友梨香にでも聞いてみるか。それがきっかけで仲直りとかできるかもしれないし。
いや、仮にその作戦が上手くいったとしても、友梨香に聞いちゃったらエグい勧誘受けそうだな。トリートメントはこれとかヘアオイルがどうとか、ビューティースクールが始まっちゃいそう。「月一で美容院行ってトリートメントしないと!」とか言われちゃっても、そこまでお小遣いもらってないしな。ってか、素材がこれだからもはやトリートメントがもったいないまである。
「タオル置いとくよ」
!!!
ドアの向こうで裕太の声がする。
おお、持ってきてくれたか! うんうん、わかってたよ、裕太はやさしい子だって。
「ありがとよぉぉ~。一緒にお風呂入るぅぅ?」
「入るわけねえだろ」
ははは、照れてる照れてる。まあ、ほんとに入ってきたらわたしもちょっとびっくりするけどね。うーん、それにしても良きツンデレに育った。将来モテるな、ありゃ。
シャワーをひねって少し熱めに設定したお湯で、泡を洗い流す。
水っていいよね。なんか、体に溜まった、どよんとしたものすべてを流し去ってくれる感がある。シャワーとか、永遠に打たれてられるもん。今日はシャワーだけでいっかっていう日も、けっきょく延々シャワーに打たれて、かえって水道代かかってるみたいなことも普通にありそうだもん。
でも、長風呂も長シャワーもわたしだけなんだよな~、家族で。友達にもあんま共感されたことないし。不思議。温泉がいいってのはみんな共感してくれるけど。
あーあ、温泉行きたいな~。スーパー銭湯でもいい。とにかく大っきいお風呂に入りたい。
自分の体とお湯の境界線が曖昧になって、身体(からだ)からふわっと解放されるようなあの感じ?