【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『共鳴家族』秦 大地

最高じゃない?
って言うと、それはわからんって言われちゃうんだけどね~。ふっふっふ、きみらも早くわたしのレベルにまで到達しなさい。なんてね。
家のお風呂は足を折りたたまないと入れないけど、でもこれはこれで味があってよい。湯船に肩まで浸かって、最近鬼リピしてる歌を口ずさんでいたら、気づけば熱唱してた。あるある~。
有名なアニメの劇場版が大流行して、わたしは弟にフラれたから友梨香たちと昨日見に行ったんだけど、めちゃめちゃよかった、映画は。まじで。
特にもう、主題歌が無敵。最強。お風呂の中でこれ熱唱できるの最高。
わたし上手いんじゃね? 歌手になれんじゃね? とか思いつつ感情込めて歌ってたら、
うっせえよ」と弟の声。
素直じゃないね~、まったく。お姉ちゃんの美声が聞けて嬉しいんでしょ、ほんとは?わかってるんだから、ちゃんと。まあでも、思春期だから仕方がないか!
いや~、それにしても気まずかったな~、昨日のあの瞬間。映画館から出たら友梨香の彼氏にばったり会って、そしたらその隣に3組の早見さんがいるんだもん。見事に引きつってたよね~、全員。気を利かせて「あれ、二人たまたま?」って、もう精いっぱいの作り笑顔で聞いてあげたのに、鏑木君も早見さんも噓つくの下手で、二股掛けてたのバレバレで、しかも早見さんなんか、鏑木君が友梨香とつき合ってるのわかってて略奪ねらってるんじゃない、あれ? もう修羅場ですよ修羅場。
気まずいまま別れて、友梨香ともほんとはその後スタバに寄って映画の感想言い合おうって話だったのに、その場で解散になって、そんで今日学校行ったら、いつものお弁当メンバーから明らかにわたしだけ省かれてて。
ハブられているのわかって、一瞬頭まっしろになったけど、これ引いたら駄目なやつだと思って「えー、今日一緒にお弁当食べないの~」って明るい表情作って近づいていったら、
「え、空気読めないの? あんなことしておいてよくそんなヘラヘラしてられるね」って、友梨香が。

手のひらでやわらかく水面を叩く。音も立たないくらいにそっと。くるりと手のひらを上に向けて、ぼんやりと見つめる。
わたし、何も悪いことしてなくない? むしろ頑張ったと思う、我ながら。なんとか気まずい雰囲気にならないように気を遣ったし、友梨香を裏切ったのは鏑木君と早見さんだし、でも、ハブられちゃうか~。ムズいな、女子。まあ、どっかに怒りのはけ口見つけないと
やってらんないのはわかるけど、でもそれ、わたしにじゃなくない?
ずっともやもやして、午後ずっと一人でぽつんとしてたら、朱莉とかさっちんとかが声かけてくれて、どうしたの、何かあったの、って聞かれても、言えるわけないじゃん。わたしが勝手にあのことを話しちゃうのは違う、っていうか良くないことだと思うし、でも、「友梨香なにか言ってた?」って聞いても二人も黙っちゃって。
泣かなかった。へっちゃらな顔して学校終わるまでちゃんといて、そのあとは塾で英語の授業を1コマ受けて、塾に向かいながらも、塾から帰りながらも、「よし! 考えないよう
にしよう!」って決めて、イヤホンはめて、いつもよりちょっとだけ大きい音量で音楽聴いて、帰ってきて「ただいま……」って言ったら、「おかえり~」って、お母さんが言って、「おかえりー」ってお父さんが間延びした声で言って、「おかえり」って裕太がゲームやりながらぼそっと言って、わたしのただいまが三倍になって返ってきて、それがたまらなくなって、リビングには寄らずに自分の部屋に閉じこもった。
一人でベッドの上で体育座りしてうずくまってたら、「お風呂どうする~?」ってお母さ
んが聞くから、「入る~」って返事して、「いつ入る~?」って聞くから、「すぐ入る~」って言ったら、すぐにお風呂沸かしてくれて、やった! 温かいお風呂に浸かれる、って思ったら少しだけ気が軽くなって、軽くなった……のに、うーん、やっぱり忘れるなんて無理だ~。

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