声を重ねる度、顔面を覆いたくなった。最終的には、崩れそうなほどの恥じらいに襲われたが、なんとか逃げずに留まった。
不意に、里子の目から涙が散る。それほどまでに、辛さを積んでいたのだと突き付けられた。里子は笑みでカバーしようとしつつ、左腕で目元を拭っている。その姿を見続けられず、気付けばにんじんと目を合わせていた。再度謝罪を唇に含ませようとして、声が降ってくる。
「違うの。悲しいとかそういうのじゃなくて嬉しいの。だって、あえて言うってとても勇気がいるでしょ。なのに伝えてくれた」
するりと上がった視線の先、残像のオレンジ以上に明るくなった笑顔があった。湿り気を残した頬が、光で煌めいている。
二十数年共にいたくせに、はじめて本当に寄り添えた気がした。
二つのハンバーグが、こんがりと色を纏う。それぞれ皿に導いたところで、帰宅の挨拶が聞こえた。
「おかえり里子さん。ちょうど今ご飯ができたよ。今日のメニューはハンバーグです」
「やった! じゃあ私、ご飯装うね」
弁当箱を手に、嬉しそうな里子が隣にやってくる。完成したハンバーグを目に、一層瞳を煌めかせた。それから、茶碗としゃもじを手早く用意し、炊飯器を開く。ふんわりと漂う白飯の香りが、僕らの幸せを擽った。
六十五点くらいかな――舌の上で転がしながら成長を味わう。里子はと言うと、相変わらずシェフの料理を楽しむかのように食べていた。
「それで、新しい仕事はどう?」
「頭がパンクしそうだよ。でも完全在宅はありがたいかな。まだまだ計画して家事するのは苦手だからね」
約一週間前、一ヶ月と二週間の専業主夫ライフが幕を閉じた。就職先が無事見つかったのだ。共働きとなった今、家事は分担制になった。双方が納得できるまで話し合った結果である。もちろん生活の変化に合わせ、微調整を加えていくつもりだ。
「一成さん、貴方は最高の夫ね」
全ての皿が空になる頃、不意に里子が呟く。机上に置いていた視線をあげると、穏やかな笑みにピントがあった。照れ臭さの中、粋な返事を探す。だが、見つかる前に目があってしまった。微笑まれ、面映ゆくなる。こんな調子では、上手い返事など見つかりそうになかった。諦めて、心の声を原文のまま口にする。
「ありがとう。嬉しいのと、まだ最高には遠いよって気持ちで今すごく照れてる。あと、うん。里子さんも最高で最強の妻だよ。本当、僕の隣にいるのが里子さんで良かった」
覚悟はしていたが、やっぱり纏まらない返事になってしまった。けれど、伝えられて心が温まっている。温度を抱いたのは、僕だけではないらしい。照れるような微笑みが、そう教えてくれた。
小さな空間の中、心地よい幸せが降り積もる。空っぽの皿も机も、全てに温もりが宿って見えた。きっとまだ、僕の知らない里子はたくさんいるのだろう。だから、少しずつ探していこう。これから先も何十年と、笑顔を重ね合いながら。
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