年上の自虐にどう返答していいか分からず苦笑する。
「まぁ、私も同じようなもんだよね。ついこの間安定を手放してるからね。」
「今日みたいな嵐の中に自ら突っ込んでいってるよね。」
「本当にそうだね。」
堂島さんと富沢さんはクスクスと笑う。これも乗っていいのかどうか迷う。
「ごめんね、小早川君。いきなりこんな話されてもついて行けないよね。」
富沢さんは気遣うようにこちらに話を振る。
「そんな事ないです。でもお二人は仲がいいんですね。」
「俺たち?まぁ、そう言えばそうかな。なんとなく合った感じ?」
「富さんが結構フレンドリーだからね。ここに入って一週間くらいで仲良くなったよね。」
「早いっすね。ちなみに堂島さんはどれくらい前からここにいるんですか?」
「どのくらいだろ。三ヶ月前くらいかな。富さんは一年前だっけ。」
「俺は仕事やめた時にここに越して来たからそうだね。」
「で、私は仕事をやめる三ヶ月前にここに来たの。」
「そんな中途半端な時によくここに入れたよね。ちょっとごめん、俺もカップラーメン食べたい。」
富さんはそう言って立ち上がり、キッチンでお湯を沸かし始める。
「運が良かったよね。ちょうど前の人が出て行ってくれたから。それにさ、仕事やめて、引っ越しして、新しい楽団にも慣れてってなると色々バタバタしそうで嫌だったんだよね。」
「それはそうだ。」
富沢さんが応え、ここでなんとなく会話が途切れる。
「・・・。」
嵐の音だけが聞こえてくる。
でも気まずくはなく、その音が丁度良い感じに三人の沈黙の間を埋めてくれていた。
「小早川君さ、あだ名とかあるの?」
富沢さんが聞いてくる。
「あだ名ですか?そうですね。高校生の時は“こばやん”って言われてました。」
「じゃあ、今日からこばやんね。」
「マジっすか・・・。」
「あだ名の方が良いじゃん。折角のルームシェアだし。俺は富沢だから富さん。で堂ちゃんは堂島だから堂ちゃん。覚えやすいでしょ。」
「いや、でも富さんは富さんでいいですけど、さすがに堂ちゃんとは言えないっす。年上だし。」
「堂さんでいいよ。好きに呼んで。」
堂島さんが苦笑しながら応える。
「すいません・・・ありがとうございます。」
「でもさ、なんかさ、不謹慎だけど今日嵐で良かったね。」
堂さんが続ける。
「そのうち仲良くはなってたんだろうけどさ、こういう事があった方がさ、何かと思い出深くなったりするじゃん?私は結構こういうの好き。」
「俺もどっちかっていうと好きかな。」
「あ、僕も結構好きかもです。」
意見が一致して三人は微笑む。
「じゃあ、知り合った記念にお酒でも飲む?」
「お、堂ちゃん良い提案だね。」
「いや、僕まだ未成年ですから。」
「ええ~、そんなカタい事言ってどうすんの。飲んだ事くらいあるでしょ。」
堂さんが意地悪そうな顔で聞いてくる。
「それは・・・あるっちゃありますけど。」
「だったらちょっとくらい良いでしょ。家の中だし。」
「それじゃあ、少しだけ・・・。」
「決まり。富さん、冷蔵庫に・・・あ!」
堂さんが勢いよく立ち上がる。
「どうした?」
「電気通ってないじゃん!冷蔵庫の中びちょびちょじゃん!タオル!」
そう言って堂さんはランタンを一つ持って洗面所の方にかけて行った。
「僕も手伝います。」
後を追う。後ろから「めっちゃ濡れてるぞ~」と富さんの声が聞こえてくる。
さっきの和やかな雰囲気が一気にあわただしくなった。
けれど、それも決して嫌な雰囲気ではなかった。
そして、気が付けば挨拶に行く前に抱えていた不安などどこかに消えていた。
この後3時間位して停電が直り、三人は自分の部屋へと戻って行った。
まだ何も始まってはいないけれど、とても思い出深い、楽しい一日だった。
「・・・。」
シェアハウスも悪くない。
そう感じた。
『ARUHI アワード2022』9月期の優秀作品一覧は こちら ※ページが切り替わらない場合はオリジナルサイトで再度お試しください