アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた9月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
雨がパタパタと降っている。予報では今夜豪雨になる予定らしい。
でもそんな事はとりあえず置いといて・・・挨拶に行かなくちゃ。
シェアハウスを選んだのは自分だけれど、やはり少しドキドキしている。
「新しく出来た所だから内装も綺麗だしタイミングいいですよ。こんな物件はなかなか出て来ないですよ。」
そんな仲介業の人の言葉に乗せられて勢いで契約してしまった。本当は一人暮らしが良かったが、実家の負担も考えてなるべく安く抑えようと考えた結果ここになった。
全部で4部屋あって、今の所2部屋はもう誰かが住んでいる。そして自分が3人目。
という事も伝えられた。シェアハウスなのだから当たり前だが知らない人と一つ屋根の下で暮らすのはなかなかに落ち着かない。
「挨拶か・・・行くか・・・。」
一息ついて立ち上がる。ここの家は2階に2部屋あって1階に2部屋ある構造だ。そして2階に2人の住人が住んでいて、自分は1階。
「・・・。」
階段を登る。緊張はもちろんしているが、今はまだ昼間だ。はたして今いるのかも不明だ。
とりあえず一つ目の部屋をノックする。
「はぁい。」
予想外に女性の声が聞こえた。ちょっと高音のゆっくりした声。
「あの、今日からここのシェアハウスに引っ越してきた者なんですが、ご挨拶にきました。」
「はぁい、今行きますね。」
咳払いを軽くして呼吸を整える。
ガチャっとドアが開く。
「あ、一階の部屋に越してきた小早川です。よろしくお願いします。」
「堂島です。よろしくお願いします。」
出てきた女性はメガネをかけ上下スウェット姿、髪は後ろで結び、ほとんど化粧っけがなかったが、応えてくれた笑顔はとても愛らしかった。
「大学生?」
「はい。近くの北実大学に通う予定です。」
「そうなんだ。よろしくね。」
「はい。こちらこそ宜しくお願いします。」
「じゃあちょっと作業に戻るからごめんね。」
「いえ、作業中にすいません。失礼します。」
そう言い終わり、堂島さんはニコッ微笑んでドアを閉めた。
いくつくらいだろうか?
可愛らしいけれど、落ち着いた話し方だし大人の雰囲気もあった。同年代の男子が住んでいると思ったが、これは嬉しい誤算だ。
そしてもう一つの部屋の前に行きドアをノックする。
「・・・。」
反応がない。たぶんいないのだろう。
夜には帰って来るだろうと思い自分の部屋に戻った。
夕方近くになるとだんだんと雨が強くなってきていた。
「おいおい、大丈夫かよ。」
風も強いし、まるで嵐のような荒れ模様だ。というかこれはもう嵐だ。引っ越し初日としてはあまり歓迎できない天候だ。
「・・・。」
特にする事もないのでベットで横になり、スマホで今後のスケジュールを確認する。
「入学式まであと一週間・・・。」
この雨が止んだら街の散策と、買い物に行かなくちゃいけない。新しい生活が楽しみである反面、少し不安でもある。
「・・・。」
スマホをいじっているとだんだんと眠くなってきた。そして次第にスマホを脇に置いてゆっくりと目を閉じる――――。
ドアをノックする音で目が覚める。
「・・・はい。」
部屋の中は暗い。一体今は何時なのだろうか・・・。
「小早川くん、大丈夫?」
「え?あ、はい。」
さっき挨拶した二階の堂島さんの声だ。
「ちょっと待って下さい。今開けます。」
ベットから跳ね起き、ドアを開ける。
「すいません、寝てました。」
「それは全然いいんだけど、大丈夫かなって。」
「えっと・・・何がでしょう?」
「そっか、寝てたから分かんないよね。今停電中。」
「え?そうなんですか?」
「家の中暗いでしょ。」
「・・・ああ。」
少し違和感はあったけれど、寝起きだし、まさか停電しているとは思わなかった。
「この嵐のせいだと思うけど、大規模停電みたい。」
「大丈夫ですかね。」
「どうだろう。でも引っ越し初日でこの停電なんてかわいそうだなって思って声かけに来たの。」
「ありがとうございます。」
「リビングで非常用の灯りとか用意してるから来る?ガスは通ってるからカップラーメンで良ければ食べられるわよ。」
「そうですね・・・ありがとうございます。あとで行きます。」
「じゃあ、用意しとくから。いつでもどうぞ。」
そう言って堂島さんはドアを閉めた。
「・・・。」
突然の事に少しあっけにとられる。雨の音と風の音が寝る前より一層激しくなっている。窓がガタガタと音を立てて、その激しさを物語っている。
スマホで時刻を確認すると夜の7時だった。