アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた9月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
ここ最近の私は、物思いに耽ってばかりいる。
今日もそうだ。窓外に響くクマゼミの賑やかさに相反した静寂なリビングのソファーに身を委ね、台所から聞こえる小気味良い包丁の音、芳しい鰹だしの香り、そして、妻が私を呼ぶ声を想像している。
私は徐に腰を上げて台所へと向かった。
廊下との境目にかけられた暖簾をくぐると、ひっそりとした台所に人の気配が無いことを確認し、現実を知る。ため息が漏れた。
私は仏壇に手を合わせ「行ってきます」と告げた。「いってらっしゃい」は返ってこず、余韻を残すりんの音だけがかすかに空気を震わせていた。
東からの強い日差しを避けるよう、建物が目の前に迫る小径を抜けて駅の方へと向かう。ふと、気が付くと視線がつま先を追っていた。ダメだダメだと腰を伸ばして空を仰ぐと、青の絵の具一色で事足りそうな、雲一つない青空が広がっていた。
「らっしゃい!」
花屋の親父は相変わらず威勢がいい。まるで魚でも売るかのように「何にしましょ?」と続ける。
「妻の一周忌に花を供えようと思ってね」
「あぁ、もう一年経つか。早いもんだねぇ。うちも母ちゃんが死んで三年だわ」
親父は菊やユリなどを見繕うと、手際よく長さを切りそろえて新聞紙に巻いてくれた。
「はいよ、お待たせ! まぁ、お互い元気にやりましょうや!」
「あ、あぁ」
あと二年経てば、私もこうなれるのだろうか。いや、そんな気はしない。
少し気分を変えようと、行きとは違う道を帰ることにした。どこへ行くにも車を使うと通る道が大体決まっているので、近所とはいえ歩いて見る景色には懐かしさを覚える。
住宅街の一画にある公園に差し掛かったところで、私は足を止めた。疲れが限界に達したわけでも痛む腰が悲鳴を上げたわけでもない。ただ、記憶が蘇ったからだった。
「上町児童公園か」
私の記憶にある公園より、随分と小さく見えた。
テニスコート一面分ほどの公園には所々に雑草の緑が目立つが、遊具の周辺は乾いた茶色の土に囲われ小さな足跡なんかが点在していた。ここで遊ぶ子たちの存在があることを知り、妙に嬉しい気持ちになった。
私はブランコに視線を向けた。公園の片隅に佇む赤いブランコの影は地面にぴったりと張り付いていた。酷暑と言われる八月の炎天下では、子どもたちは外で遊ぶことさえ許されず、我々高齢者の外出をも阻む。
私は陽射しを存分に浴びて公園の門柱辺りに立ち、思い出していた。
かつて一人娘の美月を連れて、この公園によく通った日のことを。