アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた9月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
乗車している人がまばらな電車の四人がけのボックス席に、さゆりは一人で座り、ぼんやり窓の景色を眺めている。外の景色はくすんだ灰色に見える。
電車が止まり、ドアが開くと、通路を挟んだボックス席に少年が乗り込んできた。さゆりは、目鼻立ちのはっきりした美しい顔にどきりとした。なんて綺麗な顔。
少年は視線に気づき、さゆりを見た。さゆりは、慌てて視線を逸らし、窓の外に目を向けた。窓の外には、畑が広がっていた。
さゆりは少年が気になり、こっそり少年のほうを盗み見た。少年は、自分の膝の上でピアノを弾く仕草をし、陶酔したような表情で頭を揺らし始めた。
しばらくすると、停車駅の社内アナウンスが流れた。
少年が降りた。さゆりも降りた。少年は、踊るような足取りでさゆりの前を歩いていく。さゆりは、ボストンバックを引きずりながら、のろのろ歩いていく。
駅の改札口には、すでに叔母の宮本恵子と娘の亜美が迎えに来ていた。
「遠いから疲れたでしょう」
「いいえ、大丈夫です」
叔母の恵子の言葉に、さゆりは薄く笑って答えた。
「東京と違って何にもないところだから退屈かもしれないけど、気兼ねはいらないからね」
「ありがとう」
さゆりは、いとこの亜美の言葉に頷いた。
「さあ、車に乗って」
恵子はさゆりの荷物を車のトランクに詰め込むと、運転席へ座った。さゆりと亜美は、
後ろの席に乗り込んだ。
「それにしても急なことで大変だったわね」
恵子がバックミラー越しにさゆりの顔を見ながら言った。
「はい」
「これから叔母さんのこと、お母さんだと思ってなんでも遠慮なく言ってね。亜美のこと
は姉だと思ってね」
「はい」
緑豊かな田園風景が続く中、車は走っていく。植栽が豊かな広い庭のある一軒家の前で
車が止まる。
「疲れたでしょう」
恵子は、リビングでお茶を入れながら言った。
「いいえ」
「私と一緒の学校だから、わからないことがあったら何でも聞いてね」
「それにしても、さゆりちゃん、細いのね」
恵子はさゆりの体を見て言った。
「バレエをやっているから、これ以上太ったらだめなんです」
「亜美、さゆりちゃんをお部屋に案内してあげて」
亜美は、さゆりを従えて二階への階段を上っていく。
夜になり、仕事を終えて帰宅した宮本宏を交えて、恵子、亜美、さゆりで食事をしている。
「さゆりちゃん、君の両親が残してくれたお金は私たちが管理している。遠慮なく必要なものがあればいいなさい」
叔父の宏が言った。
「あなた、何も食事中にそんな話をしなくても」
「あのう、私、バレエを続けることができますか?」
「バレエスタジオねえ。亜美、あったかしら?」
「あとで一緒にネットで調べてみましょう」
亜美が励ますような口調で言った。
「さゆりちゃん、遠慮しないでどんどん食べてね。お替りは?」
「もうお腹いっぱいですから」
「さゆりちゃんは食が細いのね。食べたいものがあったら遠慮なく言ってね」
「はい」
「さゆりちゃんたら、はい、しか言わないね。遠慮していたら疲れちゃうよ。私たちは、これから家族なんだから」
亜美が穏やかに言った。