夜。紺介がくたびれた様子で帰ってきた。「おかえりなさい」と穂子が出迎えると、それに続いてココとリリも玄関までやって来る。
「パパおかえり!」
「おかえりー!」
「ん、ただいま」
紺介が双子を抱きかかえる。双子は嬉しそうに父に頬を擦り寄せた。
「お仕事大変でした?」
「慣れないことばかりでなぁ…やっぱり、前の場所みたいにはいかないよ」
「そうでしょうねぇ」
双子を抱えたまま、紺介はリビングへと足を運ぶ。リビングでは、出来立ての料理が湯気を立てていた。
「お、美味そうだ」
「そう?それなら良かったわ。でも、この辺お野菜もお肉も結構高いのよね」
「ああ…前の場所みたいにはいかないよな」
「そうなのよねぇ。ご近所さん達から安いお店とかお得なサービスとか教えてもらったから、その辺は私が上手くやりくりしなくっちゃ」
「すまない。頼むよ」
そう伝えると穂子は、「それが妻の務めですもの」とにこりと笑った。紺介は今度は子供達に問い掛ける。
「学校はどうだった?」
「楽しかったよ!」
にこにこと笑顔で返事をするココ。しかし、対してリリは何も答えなかった。
「リリ、どうした?何かあったのか」
「どうしたのリリちゃん」
「……………」
リリは、ずっと無言だ。大好物の鶏の唐揚げにも、手を付けない。
幾ら尋ねてもリリは答えず、埒が明かないので紺介はココに尋ねる。
「ココ、リリはどうしたんだ?」
「んーーーと…」
言葉に詰まるココが、やっと口を開く。
「リリ、木登りがしたかったんだって」
「木登り?」
「うん。休み時間に、校庭の木に登ろうとしたんだよ、リリ。でも、先生が危ないからダメだって。それで拗ねちゃった」
ココの話を聞いて、ようやく合点がいく。
リリは女の子だが、大変活発な子だった。いつもいつもドロドロになるまで遊んで、それでもまだ遊び足りないのだと、夜中に外に出ようとしたこともある。特に木登りが大好きで、山や森が近かった前の場所では、毎日のようにその辺の木に登っていたのだ。
新しく通うことになった学校の校庭には、大きな木が植わっているらしい。
それに登ろうとしたのを、止められたと、ココは言った。
「…リリ、かえりたい」
ぼそりとリリが呟いた。さっきまであんなにはしゃいでいたのに、すっかり元気をなくしてしまっている。
「森の木に登りたい…」
じわりと、リリの目に涙が滲んだ。
今にも泣きだしそうなリリを見て、穂子とココが慌て始める。
その時紺介が席を立ち、リリのもとにやって来て、リリを抱き上げた。
「パパ?」
「リリ、パパも帰りたいぞう!」
「!パパも?」
「ああ!」
リリを抱き上げたまま、紺介は言葉を続ける。
「パパもお仕事全然わかんないし、疲れるし、前のお家に帰ってのんびり暮らしたいんだよなぁ!」
「パパも一緒!」
「ああ、一緒だよ」
抱き上げて、グルグルグルグルとその場で何回か回った後、リリを席に戻した。そして椅子に座ったリリと視線が合うようにしゃがんで、「でもな」と、言葉を続ける。
「もう、前のお家は無いんだよ。お前も、見ていただろう?」
「…うん」
リリが頷いたのを見て、家族に、あの日の記憶が蘇る。
それは、巨大な鉄の塊が住み慣れた家を破壊していく景色。遊び慣れた森が、山が、瞬く間に削られていく様。
リリも、ココも穂子も。言葉を無くす。
けれど、紺介は更に言葉を続けた。