アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた8月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
猫がずっと好きだった。
初めて猫に触ったのは、小学一年生の時だ。
学校帰りに寄った友達の家に、真っ白な猫がいた。
私の住んでいた地域は野鳥や狸も含む、野良の動物に厳しくて、それまで絵本やテレビでしか猫は見たことがなかった。
毛はふんわりと柔らかく、目は黄金色で、とてもいい血統だったと思う。頭に手を置くと、
「そこではない」と言いたげに腰をそらして前に伸びをし、なでられるポイントを移動した。ずきゅん。
ちょっと高貴さが漂うのに甘っこい仕草が、私の心を鷲掴みにした。
家に帰るなり、猫が欲しいと訴えた。しかし、答えはノー。
と言うのも、私の父は猫アレルギーだったのだ。母は私の服に着いた白い毛を一本たりとも残すことなく取り除き、すぐさま風呂に入れた。それでも仕事から帰宅した父はくしゃみを連発し、腕や首を痒そうにむしっていた。
10 年経ち、一人暮らしを始めてすぐに猫を飼おうと思った。でも、その賃貸アパートでは、
インコやウサギなど、ケージの中で飼える動物以外は禁止されていることに気づいた。
引っ越せばよかったのかもしれないが、ちょうど仕事が忙しくて、面倒を見る余裕がなかった。私が仕事に行っている間、ずっと一匹だけにするのが、忍びなかった。そうこうして、仕事にも慣れてきたころに、「猫を飼うと結婚できない」という噂が、まことしやかに流れ始めた。実際に、職場のお姉さま方で、猫を飼っている人はシングルだった。「かわいいうちの子」と言って、見せてくれるのが子供の写真か猫の写真か、ぱっくり分かれた。これはただの偏見で、家族の中に猫がいる家庭もあったはずだが、どこも裕福な家だった。
その後、私は結婚した。夫にそれとなく猫を飼いたいと言ってみようかと考えたが、デートで猫カフェに行きたいと言ったら、噛んだり引っかいたりする動物はあまり好きではない
と言われてしまった。猫を好きではない人類がいることに驚いたが、無理強いはできなかった。そして、気づけば妊娠し、子育てやそれにかかる費用に意識が向いて、猫を飼いたい気持ちには、そっと蓋がされた。
約 20 年。責任もお金もかかる存在。愛し続けなければいけない存在。私が欲しがっていたのは、そういう命なのだと、改めて気づいて驚いた。
―あれから、40 年、猫を飼いたいと思ってからは 60 年の月日が経った。
夫は人生 100 年時代に空気を読まず、一昨年あっさりと死んでしまった。子供たちにも新しい家族がいた。私だけになった家には、長年搔き集めた猫の小さい陶器人形やポストカードが溢れていた。私は今でも、猫が大好きだった。
それからまたさらに数年、二階建ての戸建てを売ることにした。私には広すぎたし、足を悪くしてしまって、一人での生活が難しくなったのだ。
息子夫婦の世話にはなりたくなくて、老人ホームを探し、見学に行った。
すると、入り口には受付の代わりに、黒くてゆったりと眠る猫がいた。まるで置物かと思ったが、ちゃんとお腹のあたりが呼吸のリズムで上下している。
中に入ると、さらに 3 匹、トラと牛柄とオレンジがいた。
「触ってみますか?」
施設長の言葉を聞きながら、私は、猫が好きだったことを思い出していた。
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