【ARUHI アワード2022 8月期優秀作品】『物置の神様』水多千尋

 次の日、僕は仮病で学校を休んで家中を大捜索した。
 今の状況を収束させるには、ロケット鉛筆を見つけることが最優先だと思ったからだ。
 学習机の引き出し、押し入れ、ゴミ箱、冷蔵庫の中に至るまで徹底的に探してみたが、ロケット鉛筆は出てこなかった。
 もちろん屋外物置の中も何度も調べた。
 ボッコ。ボッコ。
 ボッコは心配そうに僕の様子を窺っていた。
「大丈夫だよ、ボッコ」
 僕はボッコの前では強がって見せた。
しかし日が暮れる頃には、僕は心身ともにすっかり疲弊してしまい、本当にお腹が痛くなってきてしまった。
 漫画雑誌に挟まっていたのを、間違って捨ててしまったかもしれない。
 お粥を持ってきた母にそれとなく尋ねてみたところ、そんな答えが返ってきた。
 それを聞いた僕は益々具合が悪くなり、ついには高熱を出してしまった。
 このまま学校に行くことができなくなってしまうかもしれない。
 僕は枕を濡らしたまま、眠りについた。

ボッコ。ボッコ。
 僕はボッコの声で目が覚めた。
「ボッコ……?」
 ボッコの声が自分の部屋にまで聞こえてきたのは初めてだった。
 電気をつけて、壁に掛けられている時計に目をやると深夜二時を回っていた。
 呼ばれている気がして、僕はパジャマ姿のまま物置へ向かった。
 ボッコ。ボッコ。
 扉を開けると、月明りに照らされたボッコは強く目を瞑り(瞼があったかは定かではないが)、何かを念じているように見えた。
「どうした?具合が悪いのか?」
 僕は自身の体調が悪いことも忘れて、ボッコに触れようと手を伸ばした。
 すると、コルクが抜けるような音と共に、何かがボッコから転がり落ちた。
 懐中電灯で照らすと、それは僕がずっと探していたロケット鉛筆だった。
「……ボッコ。これ」
 驚く僕に、ボッコの瞳は優しく笑って見せた。

 翌朝。僕はいつの間にか布団の中にいて、熱はすっかり下がっていた。
 そして、右手にはロケット鉛筆がしっかりと握られていた。
 おかげで香織ちゃんとの仲直りは成功し、僕は再びクラスの人気者に舞い戻った。
 しかし、僕の中のモヤモヤとした感情が消えることはなく、クラスのみんなとは少しだけ距離を置くようになった。
 大人になるってこういうことなのかな、なんて柄にもなく思った。
 ちなみに、香織ちゃんとはクラスが変わったタイミングで疎遠となり、それきりとなってしまった。子どもの恋愛なんてそんなものだ。
 ボッコと会う回数も徐々に減っていった。
 それまでは物置に行く度に会えていたのに、二回に一回になり、三回に一回となり……、やがてボッコは姿を見せなくなった。
 それに合わせたように、僕の遊び場も少しずつ物置から部屋へと移行していった。
 特別な秘密基地は、いつしかただの物置へとその役割を取り戻していったのだ。
 両親から引っ越しの話が出たのは、僕が高校生の時だ。
 家を売却して、C市のマンションに越すという。
 すぐにボッコのことが頭を過り、僕は物置へ向かった。
 しかし、あのギョロリとした目を見つけることは、とうとう出来ずじまいだった。

僕も今では、あの頃の僕と同じくらいの歳の娘がいる。
 娘は何もない空間を見つめたり、指さしたりすることがある。この年頃の子どもにはよくある事だそうだ。
 今日だって、物置の中を覗いてケラケラと笑っていた。
 妻は怖がっているが、僕は少し懐かしい気持ちになる。
 幼い頃に確かに存在した神様……。
いや、僕の大切な家族の一員。

ボッコ、そこにいるのかい。

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