僕は、ボッコにピンク色の手紙を見せてやった。
ボッコは大きい目をパチクリとしながら、不思議そうにその手紙を眺めた。
出会ってから数週間が経つと、僕はすっかりボッコの存在を受け入れていた。それどころか、秘密基地にしまってある僕の宝物を公開してやるくらい心を許していた。
最初は恐々しながら、戦いごっこの相手をしてもらうだけだったが、そのうちお喋りを聞いてもらったり、お菓子を分けてやったりするようになったのだ(残念ながらボッコがどうやってお菓子を食べていたかは覚えていないが)。
ボッコの目が手紙の最後までたどり着いたようだ。
ボッコ。ボッコ。
鳴き声は同じなのに、なんとなく興奮している様子が伝わってくるから不思議だ。
僕はへへッと笑って、手紙を封筒に戻した。
「内緒だからな」
その手紙は、同じクラスの香織ちゃんからもらったものだ。
事細かな内容は覚えていないが、要するにラブレターだ。これが、当時の僕にとって「自分の部屋に置けないもの」の代表格だった。万が一父や母に見られたら、僕は顔から火を出してしまうだろう。
もっとも、僕と香織ちゃんが付き合っていたかどうかは微妙なところだ。
そもそも当時の僕は「付き合う」という概念を理解していなかったし、二人きりでどこかへ遊びに行った記憶もない。他の女の子よりも話す機会が多かった程度だ。僕もそれで充分満足だった。
ちなみに、女の子から大人気だった僕は、中学生になる頃には嘘のようにモテなくなってしまった。人生というのはうまくできている。何かを追い求めるようになると、途端に手に入りづらくなるらしい。
「おれ、モテるんだよ。ボッコにはまだ早かったかな」
そんな悲しい未来を知る由もなく、その時の僕は得意げに語った。
ボッコ。ボッコ。
ボッコは尊敬の眼差しで僕を見た。
「お前もいつか、好きな子ができるのかな?」
僕はボッコの頭(おそらくあったのだと思う)を撫でてやった。
しかし、そんな自慢をしていた数日後、僕の幸せな学校生活は崩壊の危機を迎えることになる。
きっかけは些細なことだった。
「ねえ、直樹君。私がプレゼントした鉛筆持ってる?」
「鉛筆……?」
香織ちゃんからの質問に、僕は首を傾げた。
しばらくしてから、ようやく思い出した。可愛いキャラクターのプリントされたロケット鉛筆を香織ちゃんからもらっていたのだ。東京旅行のお土産だと言っていた。
「ああ、あの鉛筆ね。あるよ」
僕は多機能筆箱(ボタンを押すとミサイルのように鉛筆入れが持ち上がるやつだ)の中身を漁った。しかし、目当ての鉛筆は無かった。
「……あれ。どこやったかな」
「ひどい。失くしたの?」
「いや、そんなことはないとは思うんだけど……。あれ?おっかしいなあ……」
その場しのぎでも、「家で大切に保管している」などの言い訳が出来ればよかったのだが、僕はそれほど要領がよくなかった。
小学生の女の子は悲しいことがあると泣く性質がある。香織ちゃんも例外ではなく、すぐに声を放って泣き始めた。
クラスのマドンナ、香織ちゃんが泣いている。
僕の周りにはすぐに野次馬が集まりはじめた。
「ナオキくん。香織ちゃん泣かせたの」
「香織ちゃんの鉛筆失くしたらしいぞ」
「最低だ」
「弁償しろよ」
皆が口々に僕を非難し始めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
僕はなんとか弁明を口にしようとしたが、多勢に無勢とはまさにこのことだった。
思えばあの年頃の子どもたちは善悪になど関心がなかった。
楽しいか、楽しくないかがすべてなのだ。
そこからの展開は言うまでもない。クラスの中心人物だった僕は一転、みんなの楽しさの犠牲に転がり落ちていった。
テレビドラマで目にすることはあったが、まさか自分がいじめの標的になるとは夢にも思わなかった。
その日の夜、僕は物置に入って涙を流した。
孤独に震える僕に救いがあったとすれば、それはボッコの存在だ。
僕が泣いている傍で、ボッコも大きい瞳を潤ませていたのだった。