【ARUHI アワード2022 7月期優秀作品】『我が家のまどゐ』路 真菰

 祖父母の家を取り壊した年、私は仕事で訪れた縁もゆかりもない土地で出会った夫と結婚した。そのさらに一年後には子供が産まれ、住んでいたマンションが手狭になった段で、「家を建てよう」と思い至る。都会暮らしが好きな夫とは「住むなら吹き抜けのある、見栄えのいい洒落た二階家を建てたい」などと好き勝手に新生活を思い描いた。
 それなのに、いざ建てた我が家は夫の意見もめいっぱいに詰め込んだにも関わらず、結局旧家風の平家になった。
「あの家によう似とる」
 我が家のお披露目の場でそう言って、懐かしそうに笑ったのは母だった。
 我が家の和室の障子戸にも、雪見がついている。暖かい地域なので雪など滅多に降らないが、その雪見から溢れる光の中で、ハイハイもまだ出来ない小さな我が子が、仰向けですうすうと眠っている。この子が歩くようになる頃には、うちの障子戸も手の届く場所は手当たり次第、蜂の巣にされるだろう。
 そう広くはない家だが、居間にはなんとテレビが二つもある。一つはその役割をきっちり果たしてくれるが、もう一つは冷蔵庫のように分厚くて、肝心の画面の部分がそっくりくり抜かれて一見空洞になっている。よく言えばアンティーク調の置物に見えなくもない。
 結婚前の最後の我が儘だ、と父にねだって、取り壊す寸前の築百年の家からえいこらと持ち出してもらった、あのアナログテレビだ。
 画面部分がくり抜かれた元テレビを居間の一番暖かい場所に置いて、そのぽっかりとした空洞に、夫と二人、小さくも美しいテラリウムを作った。新緑の棚田のような自然が、いつも変わらずその中に広がっている。
 テレビの下の戸棚も収納として活用し、今日からは我が家のすぐに手が届いて欲しい雑多なあれこれをしまっておく場所として新しい役目も担った。

「いよいよ新しい家での暮らしがスタートやね、お姉ちゃん」
 新築祝いに家族で食卓を囲みながら、雛子がニヤニヤと茶化すように笑う。
「子供が小さいうちは気をつけんと家がすぐ汚れるぞ。小さい傷やらキリがない」
 脅すのは父だ。聞いた夫はヒヤヒヤしている。
 私は、それでもいいや、と思っている。暮らしていけば、あの物差しの傷のような無数の傷跡がこの家にもきっと増えていく。家につけた傷を忘れるほど、同じ顔触れと同じ場所で時を重ねられるなんて、素敵じゃないか。たとえ形や様相が違っても、私の家族はこれからも変わらず今日のようにこの居間に揃うだろう。
「あ、泣いてる」
 和室から聞こえる、ふええと言う弱々しい泣き声に、夫がさっと腰をあげた。
「あらあ、おむつかしら」
「夕食時だし、お腹空いたんじゃない?」
「じいじが抱いとったろうに。連れておいで」
パタパタと慌ただしく和室に駆けていく私と夫を、両親と妹が、あのテレビが、やれやれと言わんばかりに見守っている。

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