母と娘の関係は複雑だ。母親はどうしても自分の分身として娘を見てしまい価値観を投影しやすい。一方、娘の方はいつのまにか母親の価値観の殻に閉じ込められる。息子の弟が感じない暗黙のプレッシャー。お母さんと私がこじれる何か直接的な原因があったのではない。その殻から逃れないといけない、その殻の中では息が出来ないって思っただけなのだ。
「……嘘だよね?」
ロボちゃんが少し落ち着き、確かめるように訊いた。
「……嘘じゃないよ、ロボちゃん」
今度は優しい口調で、ロボちゃんに言い含めるように言った。
「ごめんね。嘘ついていて」
私が素直になったせいか、ロボちゃんも落ち着きを取り戻し始めた。
「…‥もう会えないってこと?」
「そうだよ」
「……寂しい」
ロボちゃんは今度はさめざめと泣き始めた。
「……私も寂しい」
ロボちゃんを抱きしめると、私も泣いていることに気づいた。
新調されてまだ一年のお母さんのお墓は綺麗だった。墓前にお線香を備えると、目を瞑り、手を合わせた。
(ロボちゃんは元気にしてるよ。私も)
近況をお母さんに伝える。
(……ごめんね)
やっと心から言えた。
目を開けると、お母さんのお墓がキラリと眩しく感じられた。
周りに目をやると、ロボちゃんと、甥っ子のケンタくんが楽しそうに追いかけっこをしている。義妹のユキちゃんが二人を笑顔で見守っていた。
三人に目を細める私に、隣の弟が言った。
「実は母さん、亡くなる前、ロボットは姉ちゃんに預けてって言ってたんだ」
意外だった。
「なんで?」
「ユカリは優しいからって。そして、俺じゃダメだとも言ってた。良い加減だからって。ほんと失礼だよ」
私を褒めてくれたことなんてないのに……。
いや。遠い記憶が浮かんだ。
(ユカリの優しいところ大好きだよ)
保育園の頃は素直に褒めてくれていた。
「姉ちゃんと母さん、そっくりだよ」
「嘘、正反対の性格じゃない」
「いや、頑固なところが半端なくそっくり」
グッと息が詰まる。
「そのくせ、お互いに憧れている」
「まさか」
「絶対、そうだよ」
否定したけど、確かに私はお母さんのように決断の早い人に憧れている。お母さんもそうなの?
「変な家族」
弟が苦笑いした。
家族って不思議だ。一番近くでコミュニケーション出来るはずの人が一番遠いときがある。背中合わせで話しているような関係。でも、幸いなことに地球は丸くって、お互いの言葉もいつか届くのかもしれない。私たちの場合、地球を一周回って言葉を届けてくれたのはロボちゃんだった。
「お母さんは本当に世界一周してたんだ」
思わず独りごちたら、「えっ、世界一周?」と弟が怪訝な表情で訊く。
「何でもない」
私はタクヤくんと遊ぶロボちゃんに目を移した。
ロボットまで家族か……。変な家族、と私も思う。
でも、それでいい。いや、だからいい。
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