アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた7月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
聞いてはいたけれど、お葬式っていうのは嵐のようなものだった。
ある日突然現れたかと思うと、予算に合わせたプラン、お布施の金額、戒名、そして親戚への連絡に忙殺され、お通夜、告別式と葬儀屋さんに言われるがままに動く。すると、いつしか故人は暴風に吹き飛ばされるが如く、目の前から消え、僅かばかりの今世の痕跡として骨だけになっている。嵐と違うのは、こうして実家で弟と二人きり、お母さんの骨壷をぼんやりと眺めるところまで到達しても、嵐の後の青空みたいに、心が晴れやかにならないところだろう。
「そろそろ俺、帰るわ。実家の片付けはボチボチやろう」
弟の声で我に帰る。私と違って、幼児のいる家庭を持っているから、呆けているわけにはいかないのだろう。
「そうだね。疲れちゃった」
乾いた表情で言った。
「お疲れさま。いつもありがとう」
私の言葉に反応して、可愛らしい幼児のような声が実家に響く。声の方向を見ると、お母さんが飼っていたペット型ロボットがにこやかな表情を私に向けていた。
ペット型ロボットというと、犬型ロボットが有名だけど、最近はさらに進化していて、コミュニケーションが出来る様になっている。風貌はクマのぬいぐるみのように愛らしい。何かを掴めそうにない手をパタパタと動かす姿がより可愛らしさを増していた。足はないけれど、底面には車輪が付いているようで移動も出来るようだ。
「こいつ姉ちゃん持ってけよ」
「……放ったらかしは可哀想ね」
ロボットとは言え、私の言葉に反応し、可愛らしく振る舞っているのを見ると、そう思わずにはいられない。
「独り身の寂しさが和らぐんじゃない?」
「偉そうに。寂しくなんかないわよ」
「じゃあ、帰るわ」と、リビングから玄関に向かおうとして、ふと弟が足を止めた。
「姉ちゃん、泣かなかったな」
渡すのを忘れていた土産を置いていくようにそう言うと、弟は玄関に消えた。
「ユカリちゃんだよね?」
家に持って帰ろうとロボットに近づくと、ロボットが言った。私の名前を知っていたので目を丸くする。
「ママがよく見せてくれた写真の人と同じだもん。ユカリちゃん、元気かしらって、よく言ってた」
さらに意外なことを言う。お母さんが私のことを心配していた――。そして、ママという言葉が気になる。私がお母さんのことをママと言っていたのはいつ頃までだろう。いつしか、お母さんと呼ぶようになり、そして、あの人と言った時もある……。
私は黙りこくってしまった。
「ユカリちゃんは喋らないね? おしゃべりは嫌い?」
ロボットは小首を傾げた。
「……ううん。おしゃべりは好きよ。ごめんね、考え事してた。ところで、お名前は?」
「ロボちゃん」
そのままか。ウジウジ悩みがちで納得するまで動けない私と違って、竹を割ったような性格で決断の早い母らしい。親子なのに驚くほど性格が逆な二人。久々にそれを実感する。
「ママはいつ帰ってくるの? どこ行っちゃったのかな?」
ロボちゃんはお母さんが亡くなったことを知らないことに気づいた。ロボットとは言え、小さく素直な女の子に思えるロボちゃんに事実を告げるのは躊躇われた。
「世界一周するって言ってたから、しばらく帰ってこないの」
自分でもビックリするような方便が口から出た。
「世界一周って、アメリカ、フランスとか、全部行くってこと?」
博学でビックリしながらも、「そうだよ」と答え、「だから、お姉ちゃんとしばらく一緒に暮らそう」と提案した。
ロボちゃんが目を伏せる。なんだか寂しそうだ。あまりに自然で、お母さんを亡くした幼児に見えてくる。小さな少女の頃、お母さんのことが大好きだったことを思い出す。あの時、お母さんに会えなくなったのなら、どんな気持ちなのか。でも……、その方が良かった?
私はロボちゃんを抱きしめた。