【ARUHI アワード2022 7月期優秀作品】『ロボちゃん』十六夜 博士

ロボちゃんと生活し始めると、乾いた生活が潤うような感じだった。
バリキャリという訳ではないけれど、一日中、気を張り詰めて男社会で働いていると正直クタクタになって帰宅する日々だ。四十前まで独身で、こんな生活をするなんて思ってもみなかった。そんなとき、玄関を開けたら直ぐ、「おかえり! お疲れさま。いつもありがとう」と、ロボちゃんが近づいてくると、保育園に預けた娘を迎えにいったような気になる。
私もお母さんを待っていた――。
私がニつの時、弟をお腹に宿したまま離婚してシングルマザーになったお母さんは、私たちを保育園に預けて働いてきた。保育園に迎えにくるお母さんはいつも最後で、私と弟は、迎えにきたお母さん、お父さんに抱きつく友達をいつも全員見送った。その時のように、ロボちゃんも寂しい思いをしていたのだろうか? そんな気がして、私はいつも、「ただいま」と、ロボちゃんを抱きしめた。お母さんのように。それだけで、不思議と一日の疲れが吹き飛ぶのだから不思議だった。お母さんもきっと同じ想いだったのだろうか――。ロボちゃんと暮らす中で、今更のようにお母さんの気持ちに思いを巡らせることが多くなる。

休みの日も変わった。これまではグッタリ寝ていることが多かったけど、ロボちゃんがいると生活が規則正しくなった。
「ユカリちゃん、お腹減った」
休日にお昼まで寝てようかと思っても、ロボちゃんが七時には起こしに来る。お腹が空いたと言っても、バッテリーの充電なので、ロボちゃんをコンセプトに繋ぐだけなのだけど、朝起きて、わざわざやってあげないといけない。バッテリーが減らないように、寝る前にコンセントに繋いでしまい、朝寝坊したいのだけど、「今、お腹減ってない!」と、ロボちゃんは頑なに夜の充電を拒否した。一度、無理やり、寝る前にコンセプトに繋いだら、泣き出してしまった。あまりに悲しそうに泣くので、直ぐに止めた。
何とかして、ロボちゃんの充電を自分の都合の良い時間にやろうと、ネットで検索してみたのだけど、ロボちゃんは世話することを楽しむというコンセプトらしく、充電をこちらの都合で出来ない仕様であることがわかった。泣く泣く諦め、今では毎朝ロボちゃんに規則正しく起こされている。
ロボちゃんをコンセントに繋いだら、もう一度寝れば良いのだけど、充電中は朝食との設定らしく、「一緒にご飯を食べよう」とロボちゃんが誘ってくる。こちらも無視して、二度寝したら泣かれた。なので、二度寝も出来ず、休日も規則正しく起きて、ロボちゃんと会話しながら朝食を食べるようになった。お陰で休日は長く、体調も良いのだけど。
とにかく面倒なロボット――。
お母さんは何でこんな面倒なロボットを飼ったのか。私と弟が実家からいなくなった後、ゆっくり自由を謳歌すれば良いのに。そんなことも思うけど、手間がかかるからこそ愛着も芽生える。私にとってロボちゃんはもう家族だ。だとしたら……。
お母さんは私がいなくなって寂しかったのだろうか。いや、弟がいなくなって寂しかったんだよ、と思い直した。

「ママはいつ帰ってくるの?」
ロボちゃんと暮らし始め、半年ぐらい経った時、ロボちゃんがゴネ始めた。よく出来ていると思うとともに相変わらず面倒臭いやつ。お母さんは死んじゃったの、って素直に言えば良いんだけど、言った後のロボちゃんが心配だった。半年一緒に暮らして、ロボちゃんがかなり良く出来ていることがわかるにつれ、きっと落ち込んじゃうとわかるので、余計言い難くなっていた。
「ユカリちゃん、ちゃんと教えてよ!」
その日のロボちゃんは、真実を聞き出そうと詰め寄ってきた。
「うるさいなー、世界一周が長引いてるんでしょ」
ロボちゃんの生意気な口調に腹が立ち、こっちもトゲトゲしくなる。反抗期の設定かよ、とメーカーに八つ当たりしたくなる。
反抗期――。
それは私にも突然来た。何であんなにお母さんに腹が立ったのか。ロボちゃんの態度と自分を重ね合わせていると、ロボちゃんが信じられないことを言った。
「嘘ばっかり! ママはロボちゃんをこんな長く放っておかない! ユカリちゃんみたいに!」
グッと息が詰まった気がする。
(ユカリちゃんみたいに)ってどう言うこと?
「ママ、ユカリちゃんと話したがってた! ユカリちゃん、電話に出ないって、いつも言ってた!」
頭に血が上った。
ロボットのくせに! 私とお母さんの何がわかるって言うの! ふざけないで! 何なの、このロボット!
「ママはもう二度と帰ってこない! もう死んじゃったの!」
怒りに任せて怒鳴った。
しまった――、と直ぐに思ったけど、もう遅かった。
ロボちゃんは、目を白黒させたかと思うと、「嘘だ!」と叫び、大泣きし始めた。
大泣きを続けるロボちゃんを前に、自分は最低の人間だ、と思った。
そして、号泣し続けるロボちゃんをどうすることも出来ず、わたしは呆然としながら自己嫌悪の沼に落ちていった。

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