3 マユちゃんのバレエシューズ
アタシはマユちゃんのバレエシューズ。ピンク色に染められた布でできているわ。
バレエ教室の先生から「はい、マユちゃんはバレエシューズからね」とアタシを渡されたとき、マユちゃんのあからさまにガッカリした表情をアタシは見逃さなかったわよ。
ポスターに映っているトゥシューズが履けると思ったんでしょ? 甘いわね、トゥシューズは爪先で立てるくらい脚に強い筋力がなきゃ履きこなせないものなのよ。アタシ的にはマユちゃんはまだまだ修行が必要ね。でも、そんなに遠い日ではないと思うわ。だって自宅でもアタシを履いて練習しているもの。その調子よ、マユちゃん。
「お父さん、お母さん、見て! 今日習ったパッセ」
マユちゃんは左足を軸にして、曲げた右足の爪先を左足首から左ふくらはぎを通過させる。アタシはマユちゃんの左足裏と一緒になって、マユちゃんを支える。うん、だいぶ体幹が強くなくなってきたわね。
「パッセっていうの? マユ、すごいわね」
「かかしのようなポーズだけど、すごいバランスがいいな、マユは」
「お父さん、かかしはちょっと例えが・・・」
「そうか?」
「ほら、ルルベも見て!」
そう言って爪先立ちするマユちゃんの十本の小さな足の指をアタシはしっかり支える。少しずつだけど、マユちゃんの爪先への体重のかけ方が上手くなってきてアタシはうれしい。だって、マユちゃんの努力をずっと足の裏から見てきたもの。
「マユのルルベ、アカリちゃんが褒めてくれたの!」
「それはすごいわね。アカリちゃん、本当に上手だもんね」
「うん、本当にアカリちゃんはすごいの! 今度の発表会にもまた出るって。アカリちゃんは金平糖の精の役だって。衣装が可愛かったよ」
「金平糖ってあの砂糖菓子の食べるやつか? バレエに何で金平糖が出てくるんだ?」
「お父さん、くるみ割り人形という演目で出てくるんです。あとはご自分でネットで調べてくださいな」
「アカリちゃん、発表会いいなぁ」
アカリちゃんはバレエ教室でできたマユちゃんの新しい友達。バレエを始めたのがマユちゃんより早いからそろそろトゥシューズ組になれそうなのよね。マユちゃんはアカリちゃんに早く追いつきたいみたいだけど、焦る必要ないのよ。マユちゃんにはマユちゃんのペースがあるのだから。
「マユもアカリちゃんみたいに早く発表会に出たいな。・・・もし出たらお父さんとお母さんは観に来てくれる?」
「もちろん、お父さんは、マユの応援幕持っていくよ」
「お父さん、バレエの発表会は野球やサッカーの試合じゃないのよ」
「そっか、そういうものか」
「マユ、おじいちゃんやおばあちゃんも呼びたい!」
「そうだな、発表会は家族みんなでマユを応援に行くからな」
みんなに聞こえるはずはないけれども、「その時は、アタシも家族の一員としてしっかりマユちゃんを足の裏から支えますからね」とアタシは呟く。
「マユ、がんばれよ!」
マユちゃんをパパとママは温かい目で見つめる。きっとご両親も気付いて心配していたのよね、マユちゃんの元気がなかったことを。「マユちゃんなら心配ないわ、強い女の子だもの」ってアタシはそっと彼らに呟く。
ランドセル姉さんもポチ君もマユちゃんのことを心配していたけど、みんな心配しすぎよ。マユちゃんは自分で居場所を見付けて、そこで花を咲かせられる子。学校で何かあったみたいだけど、そもそも居場所なんて学校だけじゃないのよ。いくらでもあるし、いくらでも作れる。アタシだってマユちゃんの居場所の一つよ。だって、家族だもの。
そんなことを一足でブツブツ言っていたら、椅子の上に置いていたランドセル姉さんが落ちて、外のポチ君がワン!と鳴いたわ。あぁ、マユちゃんの家族ってマユちゃんが思ってる以上にいるのね。アタシはマユちゃんの足をさらに強くギュッと包み込んだわ。家族の愛がたくさんマユちゃんに伝わるといいな、ってね。
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