アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた7月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
1 マユちゃんのランドセル
私はマユちゃんのランドセル。マユちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんが買ってくれました。選んだのはマユちゃんだけどね。あの日のことは、決して忘れないわ。
私は大量に作られた赤い量産型。だから特別な名前なんて付いてない。昔からどこにでもあるような赤いランドセル。「今どき赤いランドセルなんて普通すぎて目立てないわよね」「そうそう、個性がないのよね。多様性の時代なのに昭和の価値観を引きずった色よね」なんてピンク色や黄色や緑色のカラフルなランドセルたちに馬鹿にされる日々。
悔しいけれど私は何にも反論できなかった。だって本当のことだもの。どこにでもあるような赤いランドセルは現代の子には見向きもされないの。次々に売れていくランドセルたちを眺めながら、私をデザインしてくれたお姉さんや、組み立ててくれた機械、送り出してくれた工場のおじさんやおばさん、配送してくれた兄さんの姿を思い浮かべると自然と涙が出てきたわ。
そんなある日、小さい女の子がおじちゃんとおばあちゃんに連れられてやってきたの。小学校入学のお祝いにランドセルを買ってもらうのね。「ワタシクが選ばれるかしら」「いいえ、アタクシよ!」「え、オレもいるよ?」なんていつも通りランドセルたちがザワザワし始める。私はいつも通り諦めていたわ。だって、こんな無個性な私が選ばれるはずないもの。
「おじいちゃん、おばあちゃん、これがいい!」
その女の子が指さした先には私がいたの。周りのランドセルがざわつき始める。私は思わず「えっ?」なんて素っ頓狂な声をあげてしまったわ。
「マユちゃん、その赤いのがいいのかい? ピンク色が良かったんじゃないのか?」
「おじいちゃん、マユ、これがいい。こっちの赤がいい」
「六年間使うものだけど、本当に赤でいいの? 使ってしまったら、後で嫌になっても交換できないのよ」
「マユ、これがいいの! 赤くてキラキラしてきれい! おばあちゃん、お願い!」
赤くてキラキラしてきれい、なんて言われたことは初めてだったから照れくさくて私はまずます赤くなってしまったわ。今までほかのランドセルたちに言われてきた悪口や嫌みが全部吹き飛んで、なんだか自信も湧いてきたの。言葉一つでこんな風に心持ちが変わるのね。私に自信をくれたマユちゃんと一緒にいたい! 六年間見守りたい! お願いします、マユちゃんのおじいさまとおばあさま!
そして春。マユちゃんは私を背負って小学校に行き始めました。入学式では桜の花びらが舞い降りてきて、マユちゃんの新しい門出を祝福してくれているようだったわ。もちろん、私も、マユちゃんの小学校生活が幸せに満ち溢れていることを背中から全力で祈ったのよ。
そんなマユちゃんはいつも元気で明るく、私を背中で弾ませてスキップしながら、楽しそうに登下校していたわ。いたわ、と私が過去形で言うのは、最近、私を弾ませてくれないからなの。何かあったのかしら?
そういえば、以前よく一緒に登下校していたお友達の姿を見かけないし、家に帰ってから私を置いて遊びに出かけることもなくなったわ。学校には毎日通っているし、ポチの散歩には行っているようだから、健康に問題があるとは思えないのだけど。どうしたのかしら。とても心配だわ。私にできることはマユちゃんが元気になってくれるように、背中でそっと寄り添うことだけ。
私は端から見たらただの量産型の赤いランドセルかもしれないけれど、もうマユちゃんの家族なの。家族だから、何があってもいつでもマユちゃんの味方でいるわよ、マユちゃん。