2 マユちゃんの飼い犬
僕の名前はポチ。雑種犬のオスです。どこにでもいそうな平凡な犬の名前かもしれないけど、僕はこの名前を気に入ってるんだ。だって、大好きなマユちゃんが付けてくれた名前だもん。
マユちゃんと出会ったのはマユちゃんママのお友達の家。僕が生まれた場所でもある。僕は三兄弟の末っ子だったんだけど、ここの家では僕たち子犬まで飼う余裕がないから里親を探すことになったんだ。
家族が離れ離れになって寂しくないかって? うん、確かに寂しい。パパ、ママ、お兄ちゃんたちとできることなら一緒に暮らしたい。でも、パパが「離れ離れになっても我々家族の心は一つだぞ。お前たちの心の中に、いつも家族はいるんだ」って力強く言ってくれたし、ママは「新しい家族が増えるって、新しい世界が広がる冒険で自分を強くしてくれるのよ。ここの飼い主さんのお友達ならきっとあなたたちを優しく受け入れてくれるわ」って優しく抱きしめてくれた。だから、きっと大丈夫。
ある日、マユちゃんとマユちゃんママがやってきた。僕たちを見て明るくはしゃぐ姿は元気の塊そのもので、僕もテンションが上がった。尻尾を振ってマユちゃんに飛びついていった。マユちゃんも僕を抱きしめて撫でてくれた。うれしくなって、僕はマユちゃんの頬っぺたをペロッと舐めた。マユちゃんママはその光景を柔らかい表情で見つめていたよ。
「あら、マユ、すっかり仲良くなったのね」
「うん、この子、かわいい! この子にする!」
そういってマユちゃんは僕をギューっと強く抱きしめたから、僕は苦しくなった。でも、うれしかった。僕もマユちゃんと家族になれたらいいな、ってちょっと思ってたから。
「名前はポチにする!」
マユちゃんはそう高らかに宣言すると、キラキラした眼で僕を見た。今でも覚えているけれど眩しくて太陽のようだったよ。
そんなマユちゃんの眼は、何だか最近曇りがちだ。どうしたんだろう? そういえば、ランドセルのお姉さんが「ポチ、マユちゃんが最近元気ないみたい。心配だわ」なんて言ってたな。マユちゃんに元気がないと僕まで元気がなくなるよ。
ヒグラシが寂しく鳴く夕方、いつものようにマユちゃんとマユちゃんパパと近所を散歩していた。マユちゃんは今日も元気がなく、なんだか僕を引っ張るリードにも力が入っていない。
「どうしたんだよ、マユちゃん! 元気出して!」
なんて思ってたその時、マユちゃんが突然、立ち止まったんだ。反動で僕の首がしまって、グエエッと変な声が出てしまった。マユちゃんの視線の先には「バレエ教室開校、生徒募集中」というポスターが貼ってあった。ピンク色のヒラヒラの衣装に身を包み、滑らかに光るピンク色のトゥシューズを履いて、ばっちりとヘアメイクをした女性がポーズを決めて微笑んでいた。
マユちゃんの好きなピンク色がちりばめられたポスターにマユちゃんは釘付けだ。マユちゃん、ピンク色が好きだもんね。おや、マユちゃんのパパも気付いたみたいだ。
「マユ、バレエやってみたいのかい?」
マユちゃんはコクンと小さく頷いた。
僕はマユちゃんがヘアメイクをばっちり決めて、ピンク色のふわふわのバレエ衣装を着て華麗に舞っている姿を想像した。うん、きっと似合うよ。バレリーナなキラキラしたマユちゃん、いいと思うよ。
「僕、応援する!」
ついつい意気込んでしまって「ワン!」と鳴いてしまった。
「はは、ポチも応援してくれているみたいだな。お母さんにお願いしてみようか?」
マユちゃんは「うん!」と言った。マユちゃんの眼にキラキラとした光が宿る。夜空の星がマユちゃんの眼に落ちてきたのかな。とても眩しいよ。
僕は嬉しくなって、また「ワン!」と鳴いてしまったよ。おうちに帰ったら、ランドセルのお姉さんに報告しないとね。