3月11日、東日本大震災から10年を迎えました。震災では40万棟以上にも及ぶ住宅が全壊、半壊の被害を受け、とくに岩手、宮城、福島の3県の被害は甚大でした。この10年間、東北を中心としてたくさんの人が自宅の修理や建て替え、リフォームなどを行ってきました。東北に住む人たちの住宅への意識を知るために、現地の建築士とホームインスペクターに話を聞きました。
マイホームを建てる際の防災意識の変化は?
まず、震災の前後でマイホームを建てようとする施主の意識はどう変わったのでしょうか。仙台市に本社を構える本間総合計画の一級建築士、本間貴史社長は次のように語ります。
「耐震性能に関しては、以前よりも意識が高くなったと感じています。もちろん、震災前から耐震性能向上や耐震性能の重要性については伝えてきましたが、『建築基準法を守っていればいいのでは』みたいな意識があったので、震災後は優先順位が高くなったと思います。建築基準法を守るのは当然ですが、耐震強度という、どのくらいの耐震性能があるかという目安ですが、耐震等級が3相当以上の耐震性能を受け入れていただいています。つまり、建築基準法で求められている耐震性を割り増して考えるようになっています」(本間さん)
建築基準法は必要最低限の基準なので、理想ではありません。
2000年に住宅性能表示制度や新築住宅の10年保証などについて定めた「住宅品質確保促進法(以下、品確法)」が制定され、耐震等級はこの「品確法」の中で定められた建物の強さ・強度の指針となっています。
建築基準法と品確法を比べると、壁の量、接合部、基礎などについて、品確法の方がより詳細な検討項目があります。建築物の性能について“ものさし”として使えるものができました。
現在、耐震等級は3つの段階が設けられており、耐震等級1は、「数百年に一度発生する地震(震度6強から7程度)に対して倒壊、崩壊せず、数十年に一度発生する地震(震度5強程度)に対して損傷しない程度」とされています。
耐震等級3では、等級1で想定される1.5倍の地震が起きても対抗できるとされます。
建築士のアドバイスを熱心に聞いてもらえるように
品確法では耐力壁と壁の量である「壁量」についても定められています。
住宅などの建物には、さまざまな方向から「力」がかかっています。建物そのものの重さが垂直方向からかかるほか、地震の横揺れや台風など横からの強風による水平方向からの力もかかります。
これらの力に抵抗して、建物を支える役割をもつのが「耐力壁」です。
「例えば、『耐力壁』の壁量ですが、耐震等級3相当だと基準法の1.5倍以上にしなければなりません。床とか屋根、主に床ですが、『水平構面』を固く作ります。それから、『偏心率』といって耐力壁のバランスがあるのですが、1995年の阪神淡路を受けて、2000年に法改正がありました。法改正前は住宅の場合、バランスのチェックがありませんでした。今はバランスも良くしなければなりません。」(本間さん)
建物が地震の揺れや風で受ける水平方向の力を、耐力壁で受け止めるには、強い水平面(床・屋根)が必須になります。
構造上、ふたの役目を果たす水平面(床・屋根)を「水平構面」といいます。建物を地震や風などから守る上で耐力壁が非常に重要であるとともに、この水平構面も建物の一体性を高めるという点で非常に重要です。
「さらに、2階の耐震壁の下に1階の耐震壁がどれだけあるかを示す値として、壁の『直下率』という指標があります。2階の耐力壁の真下に耐力壁があったほうが力学的には強いんですね。しかし、現行の法律の構造基準には規定がありません。直下率0%でも建築確認申請はおりてしまう。以前はこんな話をしても、施主さんは面倒なので、『お任せします』みたいな感じでしたが、今は『ぜひ、やってほしい』という感じです。震災前より熱心に私たち建築士のアドバイスを聞いてもらえるようになりました」(本間さん)
「直下率」が高いということは、「1階と2階で柱・耐力壁の位置が揃っている」ということなので、構造的にバランスのいい建物とされます。
耐震等級は数字が大きくなれば(2より3)、建物は頑丈になりますが、それ以上に上下階の耐力壁の配置がとても大切です。ちなみに、熊本地震では耐震等級2の住宅が倒壊したケースが見られましたが、倒壊した建物は構造設計に問題があったと指摘されています。
エネルギーへの関心が高くなった
仙台市を拠点にする建築工房DADAの一級建築士、吉田和人社長も施主の意識の変化をこう語ります。
「耐震性能には敏感になり、『耐震等級はどのくらい?』と質問されますし、丈夫な家を作ってほしいというオーダーを聞くようになりました。ちょうど今担当しているお客さんはとくに耐震性能を気にしていまして、振動する建築物の振れを減衰する装置である『制震ダンパー』を入れてほしいと言われました。壁の筋交いにダンパーを8箇所入れましたが、それで地震の揺れを柔らかくします。一般の戸建住宅ですが、私も初めて使いました」(吉田さん)
吉田さんが制震ダンパーを入れた住宅の施主は、地震で日常生活が止まるのが非常に気になるというお客さんで、蓄電池と太陽光発電システムも導入したそうです。
津波被害が甚大だった石巻市のお客さんからは津波対策の相談があったといいます。
「施主さんは被災されて新築を建てようということですが、家を建てる場所は立地的に、津波が襲ってくる可能性がある地域なのです。それで、『屋根に上りやすいようにしてほしい』という話をいただきました。何かあったときに窓から逃げられるようにしてほしいとの要望でした。屋上という大げさなものではなく、屋根でいいという話ですが、その地域は一階が水没するようなレベルで、屋根の上までは水が来ない地域だそうです」(吉田さん)
震災直後には、東北電力エリア・東京電力エリア・北陸電力エリアで多くの世帯が停電しました。仙台市内も復旧まで3日間ほどかかりました。そうした経験もあって、震災後はエネルギーに関する相談も増えたそうです。
「震災直後は都市ガスが使えなかったので、プロパンガスを熱源にしたいというお客さんや薪ストーブ、太陽光などを使いたいという施主さんが増えました。震災前まではオール電化が人気ありました。ただ、復興が進んでくると、やはりオール電化がいいかなというお客さんがまた増えてきて、震災から10年たち、ちょっと戻ってきたのかなと感じるときもあります」(吉田さん)
吉田さんは、震災をきっかけに、住宅および建物に対する考え方で変わった部分があると話します。
「できるだけエネルギーを使わないで生活できるようにしないといけないと考えるようになりました。オール電化もいいのですが、基本的に安い深夜電力を利用して動かすというシステムで、原発ありきの話なんですね。たぶん、原発はこれからどんどん減っていくので、オール電化1本ではなく、さまざまなエネルギーが使えるようにしたほうがいいのかなと、そんな話をお客さんにしながら、家造りを進めていきたいと思います」(吉田さん)
復興を手伝い被災地に移住したホームインスペクター
石巻を中心に宮城県および隣接県でホームインスペクション(住宅診断)やリノベーションデザインを手掛ける株式会社さくら事務所でホームインスペクター(住宅診断士)をされている天野美紀さん。
天野さんは震災前、東京で建築設計の仕事に従事していましたが、独立した年に震災が起こり、建築の専門家として役に立てればと2011年5月から石巻に通うようになりました。そして、2014年に住民票を移して完全移住しました。
「知人の声掛けで、トレーラーハウスを被災地に届けようというプロジェクトが立ち上がり、そのお手伝いをしていました。仮設住宅の建設は進んでいたのですが、結局、仮設はいずれ壊されて廃棄になってしまうことが多いので、そうではないトレーラーハウスて仮設住宅を造ろうと。最終的にはそれを基礎に降ろして建築確認申請も通せるような、恒久的に使えるトレーラーハウスを届けようというプロジェクトでした」(天野さん)
震災前に戻すのではなく、次世代の新しい石巻をつくろうという街づくり団体「ISHINOMAKI2.0」に天野さんも参加し、飲食店開店などの街づくりを手伝ってきました。
「こちらに来た当初は、住宅よりも創業支援・起業支援でお店の内装を手伝うような仕事が多かったです。石巻を含め、東北では中古住宅の活性化というテーマはまだまだ程遠い状況で、『ホームインスペクションは利用したことない』という仲介さんや不動産屋さんが多いですね。でも、こちらの不動産屋さんは素直な方が多く、『知らなかったけど、これからやってみたい』とか『お客様におすすめしたい』という反応が多いです。また、お客さんの方が結構勉強家で、ホームインスペクションを不動産売買のときに相談して、それで仲介さんから私にご相談いただくという展開が多いです。一度利用することで、仲介さんや建主さんが他のお客さんに紹介していただけるというパターンも最近は出てきました」(天野さん)
復興が進む中で空き家や売却物件が急増している
石巻は震災前から高齢化と人口流出に悩んでいた典型的な地方の中小都市です。JR駅前に昔からあった商店街はシャッター街と化し、震災で一気に10年ほどの時間が進んだような状況になりました。天野さんは石巻の空き家問題についてこう語ります。
「津波で家を流された方や、復興工事関係者などが住むところを求めて、どんな古い家屋・アパートでも満室になり、ホテルも常時満室みたいな状況になりました。家が一気に不足した時期があったのですが、復興住宅ができて状況も落ち着き、2~3年遅れて新しいアパートも建ち始めたら今度は逆に、古い家やアパートは空き家になって、今も空き家が増え続けています。土地付きの住宅が300万円ぐらいでも売れないケースが結構あります。そういうのは解体するにも150万円くらいかかるので、売れなかったら大赤字になってしまう。だから、なかなか手を付けられないわけです。これからまた、工事関係の人たちが引き上げていくので、空き家の中にはどうにもならない物件がさらに増えていくのではないでしょうか。本当にどうしようもない建物は地域にとって負の遺産になってしまうので、解体費用を補助する制度を作るなど、行政がもっとテコ入れしないと、解決できないだろうと思います」(天野さん)
復興事業でもさまざまな課題を残したといいます。
「津波に襲われた旧中心市街地エリアでは商店が流されたりしましたが、復興事業として街区丸ごと再開発されました。それこそ“下駄履きマンション”じゃないですけど、1・2階は店舗にして、上をマンションにする形が増えました。1年ほど前、石巻でもっとも免震構造の優れたマンションができて、1・2階は貸店舗ですが、もともとそこで商売をしていた方が2店舗に入りました。しかし、それ以外は1年たっても未だにほとんど空室です。完全にニーズを読み間違えているというか、元々シャッター商店街だったところに新しい再開発ビルを建てて家賃を上げて借りてくださいといっても、誰も借りません。結局、新しい建物ができて、また新しい空き店舗が増えたみたいな感じになっています」(天野さん)
空き家は、残すべき建物と壊すべき建物を見極めるにはプロの目利きが必要です。とくに被災地では、地震の影響で再利用するには危険な建物もあります。また、リノーベーションして再利用するにはビジネス的に難しい場合もあるでしょう。
「地元の不動産屋さんとネットワークを作りながら、中古住宅の流通活性化に貢献したい」と語る天野さんのようなプロの人材がまだまだ地方には不足しています。
<取材協力>
・一級建築士事務所 本間総合計画
・株式会社 建築工房DADA
・株式会社さくら事務所