フィンテック(金融)、HRテック(人材)、ヘルステック(医療)……。○○テックと呼ばれる言葉は、特定の分野・業界においてIT活用によって生まれた新しい製品やサービスを示しています。住宅・不動産業界にも「不動産テック」と呼ばれる革新の波が押し寄せています。住宅購入を希望する人にとって、利便性向上につながるのでしょうか。
不動産テックの波を専門家はどう見ている?
不動産業界がITで変革しつつある現状について、不動産コンサルティング会社・さくら事務所の長嶋修会長は次のように話します。
「コロナ禍でバーチャル内見などのトレンドが一気に高まりました。現在はまだ宅建業法の規制があって、オンラインでの不動産売買はできず、ハンコ文化が残っています。しかし、賃貸ではオンライン取引を実証実験的に行っており、将来的に宅建業法が改正されれば、遠方に所有している空き家をオンラインで売却したり、海外物件の売買も簡単にできるようになるかもしれません。これまで不動産テックというと業務改善のようなB to Bの話が多かったのですが、今後は一般の方々の利便性も高まります」
不動産取引は今でも契約書は紙ベースで、顧客との対面が主流です。契約交渉では書面のやりとりを含めて一度で済むことがないほど手間がかかるのも特徴です。電子化がなかなか進まなかったのは、不動産が高価で「一生に一度の買い物」という人も多く、取引自体に細心の取り扱いが求められているからです。
しかし、2017年に重要事項説明のIT化、いわゆる「IT重説」が賃貸取引で本格運用になり、不動産取引の電子化が促進されることになりました。重要事項説明とは、不動産業者が顧客と対面し、契約上の重要事項について書面に基づき説明することです。
契約面から徐々にIT化が進んでいますが、ここからはより一般の方々の利便性も高まりそうな、いくつかの事例をご紹介します。
中古住宅選びに便利。部屋に家具をバーチャルで配置
新築でも中古住宅でも、何もない殺風景な部屋をそのまま見せても、購入検討者にとっては自分がそこで暮らすイメージを持ちづらいでしょう。
売却予定の物件に家具や小物などのインテリアコーディネートを加え、買い手にイメージを持ってもらうことをホームステージングといいます。
新築のモデルルームを紹介する際、本物の家具や調度品を部屋に運び入れて撮影する従来の方法に代えて、CG(コンピューターグラフィックス)で家具などを部屋に配置する取り組みが進んでいます。
一方、居住者がいる中古物件の場合、置かれた家具や日用品などによって住んでいる人の生活感が出てしまうので、そのまま購入検討者に見せるわけにはいきません。何より、プライバシーの問題があります。
そこで、不動産仲介会社の一部ではVR(仮想現実)コンテンツの開発を手がけるナーブの「VRホームステージング」を使い、CG技術で家具や日用品を消し、簡単に空室イメージを作る取り組みが始まっています。
VRホームステージング サンプル1
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VRホームステージング サンプル2
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中古住宅には新築のようなモデルルームはないので、CGを使ったホームステージングは今後さらにニーズが高まり、普及していくと思われます。
さらに、この技術には別の使い方も考えられます。
テレワークが増え、自宅にワークスペースを確保するために、リフォームしたり家具や本棚の配置を変えたりする人が増えています。そんなとき、実際に移動できるかどうか、それぞれ家具類の寸法を測って自分の頭の中でイメージし、悩むこともあるでしょう。
しかし、このVRホームステージングを使えば、散らかった現在の部屋をがらんどうの空間にして、仕事部屋を追加した適切なリフォームイメージを簡単につくることができます。
開発元のナーブによれば、現在はまだ不動産売買仲介会社向けのサービスなので、一般の消費者が自由に使えるものではないとのこと。よって、私たちが実際に使うのは、同社と契約している不動産仲介会社がホームステージング用のサービスとして提供している場合だけです。
しかし、自宅リフォーム用のニーズが高まれば、同社も消費者向けサービスの検討の可能性があります。
理想の住まいイメージをITで具体化
中古住宅を購入して理想の住まいにリノベーションする人が増えています。
通常のリノベーションでは、プランニング段階で多くの写真や事例を見比べながらイメージを膨らませ、デザイナーと一緒に好みの住まい像をつくり上げていきます。しかし、なかには、「理想を具体化するのが難しい」「事例探しに手間がかかる」「イメージを伝えるのが大変」「完成形をイメージしにくい」「価格がわかりづらい」というように感じる人も少なくありません。
中古マンションの物件探しからリノベーションまで行うリノべるでは、住まいのデザインテイストやパーツの自動提案オンラインサービス「sugata(スガタ)」を提供しています。顧客がパソコンやスマートフォンで多くの実例写真から、住まいを構成するパーツ(キッチンやトイレ、ユニットバスなど)の写真を選ぶと、デザインテイストや組み合わせが自動で提案されます。
sugataの提案機能はAI(人工知能)の活用により、顧客にとって、より満足度の高いサービスへと進化するそうです。提案された内容はカスタマイズでき、オプションのなかからさらに好みのデザインを選んでもらうことで、理想の住まい像が完成します。概算価格もすぐにわかるようになっています。
不動産テックによるサービスはこれ以外にもさまざま
一般社団法人不動産テック協会によれば、不動産テックに関するサービスや企業は、次の12のカテゴリーに分類されています。
・ローン・保証
・クラウドファンディング
・仲介(業務支援)
・管理(業務支援)
・価格可視化・査定
・不動産情報
・物件情報・メディア
・マッチング
・VR(仮想現実)・AR(拡張現実)
・IoT(Internet of Things:モノのインターネット)
・リフォーム・リノベーション
・スペースシェアリング
たとえば、「価格可視化・査定」に関していえば、物件の売買価格や賃料は長らく、路線価格と不動産業者の経験によって決まってきました。それゆえ、評価額にばらつきが出ることもありました。
しかし、最近では、AI(人工知能)によって不動産ビッグデータから客観的な推定価格を算出することができるようになり、透明性ある不動産取引が可能になってきました。客観的な推定価格が算出されれば、それに基づいて「ローン・保証」も適切な金額が算定されます。
不動産テック協会の代表理事を務めるリマールエステート社長の赤木正幸氏は次のように話します。
「ITによって、不動産会社だけでなく一般の方々にもたくさんの情報が入るようになり、特に中古物件の価格相場は透明性が確保されてきています。不動産情報サイトで見られる部屋の写真の枚数もどんどん増えています。しかし、物件にはネット情報だけで判断できない部分もまだまだ残っています。ゴミ捨て場や駐輪場など共用部の情報は部屋に比べて少ないし、リアルな周辺情報も不足しています。たとえば、駅からの帰り道は暗くないか、などは女性が気にする部分でしょう」
赤木氏は、不動産情報は多角的・多面的に捉えることが大切だといいます。新型コロナウイルスの影響で今後も非対面・非接触のトレンドは大きく変わらないだけに、不動産テックの進展からはますます目が離せません。それだけに、住宅購入に際しては、IT・ネット情報を上手に使いこなしたいものです。
<取材協力>
・株式会社さくら事務所
・ナーブ
・リノべる
・リマールエステート