【ARUHIアワード12月期優秀作品】『金魚を放す』金井博文

 彼女は小さな包みを僕に押し付けるように差し出す。
 その包みを受け取ると彼女はばたばたと部屋を出ていった。
 彼女が生まれ育った国ではご近所さんに子供を預ける事なんて日常の事なのかもしれない。そして彼女の目には子供を預けても大丈夫な人間と僕が見えた。それはやっぱり少し誇らしかった。
 包みの中にはコロッケが3つ入っていた。そのコロッケはとても大事なモノのように思えた。

 不思議な日だった。長い夢を見ていたような気持がした。この先何度も何度も今日の事を思いだすんだろう。そしてその記憶は私を少し強くするかもしれない。
 ずいぶん寝ていたようで太陽は傾き、部屋の深くまで光が差し込んでいた。
 幼子にかけていたタオルケットを畳むと水槽に餌をやった・・・。
 水槽にはなにも泳いでいなかった。突然涙があふれだした。なぜ涙を流しているのか自分ではよく分からなかった。ただずいぶんと長い間泣いていない事を思いだした。
 そのまま私は幼子の母親がくれたコロッケを一気に食べた。冷めたコロッケは体にしみ込んでいくようでうまかった。もうなにもいない水槽を眺めながらコロッケを食べ続けた。夕日を反射した水槽の水は壁に綺麗な模様を映していた。
 それはとても美しくて幻想的な光だった。
 どれぐらい泣いていただろう。コロッケも食べ終わり涙も止まり始めた頃、隣から幼子の笑い声が聞こえてきた。僕は涙を拭いた。

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