【ARUHIアワード12月期優秀作品】『はじまりの家』大黒友也

一緒に美術館に行った時、将生は最後の画を見終わり出ようとするのかと思えばまた入り口まで戻り初めから見出したのだと教えてくれた。あんまりそんなことを繰り返すから毎回警備員さんに目をつけられているらしい。
 今の将生を見ればそんな情景もすぐに頭に浮かんだ。好奇心とは純粋な人間に許された特権かもしれない。
「やっぱりここは取り壊さないほうがいいんじゃないかな」将生さんがそう言った。
 また空気がピリッとした。
「その話はもう済んだことだから」
 美咲さんがピシャリと将生さんに言う。
「でもこんなにいい家なのに」
「よくても無理なものは無理なの」
「んーそうかな、誰かこの家に住み続ければいいじゃない」
「みんな離れるから取り壊すことにしたの。私たちだって何回も話したの」
「それはわかるけど、でもこんなに時を貯めてる家はなかなかないよ」
『時を貯めてる』の言葉に私たちは虚を突かれたような気持ちになった。
「『時を貯めてる』ってなんですか?」
 私は頭で考えるよりも、先に言葉にしていた。
「物にも時間が経てば味がでたり、年季が入って価値や思い入れが変わってくるでしょ。おばあちゃんの家の柱に自分の身長とか記録してたりとかない? そういうのも時を貯めるってこと」
「その時を貯めるとどうかなるの?」
私は『時を貯める』という言葉に心地よい響きを感じていた。
「思い出とともに物も生き続けるってこと」
「それはわかるけど、ここはもう取り壊すの。みんなで決めたんだからいまさら蒸し返さないで」
美咲さんは少し苛ついていた。
「それは悪いと思ってるけど、みんなほんとにいいの?」
私たちはその単純だけど、強度のある質問に答えられなかった。
「私たちだってほんとはここがなくなるのはいやですよ」花が遠慮しがちに答えた。
「でも私だけわがままになってもみんなが迷惑だし」
「わがままがダメなんて誰が決めたの?」
「それは……」
「もういいからやめて!」
 美咲さんが言葉強く遮った。
「将生、これは三人で決めたことだから。みんなそれぞれの生き方があるし、ここだけじゃないの」
「美咲さん、わたしもやっぱりこの家はなくしたくない」
将生さんに同調するようにわたしも強い気持ちで言葉を発した。一度みんなで決めたことを覆すのは卑怯かもしれないけど、私はこの家がやっぱり好きだと思った。
「ヒカリまで何言ってるの? 三人で話したじゃない」
美咲さんが怒っている。私は思わずうつむいた。でもたとえみんなから反対されても間違っていてもいい。今の自分の気持ちに嘘をつきたくないと思った。
「この家は私が住む」
自分でもさんざんみんなで話し合ったのにこんな話も蒸し返すなんてどういう神経をしているんだろうと思った。
でも、こういう時はいつだって生きていれば起こりえることだと思う。その時に足を踏み出せるか踏み出せないかなのだと思う。

私は飾っている絵に私たちの家を書き加えた。
「タイトル変えたほうがいいんじゃない」
美咲さんがそういうと花も盛り上がって何にしようか考え出した。私は二人が考えているのをするりと一人向けだすように言った。
「マイホーム」

「ARUHIアワード」12月期の優秀作品一覧はこちら
「ARUHIアワード」11月期の優秀作品一覧はこちら
「ARUHIアワード」10月期の優秀作品一覧はこちら
「ARUHIアワード」9月期の優秀作品一覧はこちら 
※ページが切り替わらない場合はオリジナルサイトで再度お試しください

~こんな記事も読まれています~