【ARUHIアワード12月期優秀作品】『カラスといばら姫』蒔苗正樹

 1週間の間に随分いろいろあって、変わってしまったことがいくつもあったのに、前と変わらず当たり前のように仕事をしていることがヒロキは不思議だった。滞っていた仕事の分だけ少し大変だった午前が終わり、今日はサンドイッチにしようかなと思っている。パソコンから離れて背伸びをした時、着信音が鳴った。階段脇のあまり人の通らないところに急いで移動して電話に出る。
「ヒロキ、…カラスが死んじゃった。」
ヒロキは姉が電話の向こうで泣いていることに気づいた。
「私がちゃんと見てなかったから…。」
リョウコは声を上げて泣きはじめた。
体裁も何を気にすることなく、子供のようにリョウコは泣いていた。
「しんじゃったのよ…。」
 ヒロキは何も言えず、なんだか自分も涙が止まらなくなって周りを見渡した。
泣いている姉は、まるで姉らしくなかったが、ヒロキはずっと昔こういうことがあったのを思い出した。小さかった自分と手を繋いで一緒に泣いていた姉。…ショッピングセンターで両親とはぐれて二人きりになった時。…飼っていた犬が車に轢かれて死んだ時。…そして、父が家を出て行った日。

 その日の夕方、ヒロキはまっすぐリョウコの所に向かった。電車を乗り継いでお城についた時にはもうすっかり暗くなっていた。庭に面した母の仕事場で姉はタオルの上に横たわったカラスの傍に座っていた。
「埋めてあげよう。」ヒロキが言うと、リョウコはゆっくり頷いた。
 ヒロキとリョウコは部屋の明かりを頼りに庭の片隅にスコップで穴を掘り、カラスを埋めた。
 それから、部屋に戻るとリョウコはコーヒーを淹れ、母に供えられたロールケーキを二人で食べた。そして二人で母の話をした。初めは悪口から。最後にどれだけ母が自分たちを愛していたかを延々と話した。その話をしている途中でヒロキはいつの間にか眠っていた。

 ヒロキは作業場を満たした朝日の中で目を開けた。
 レース編みの作業台の前にリョウコはいた。クッションに型紙を置き、一心に針を打ち込んでいる。壁に掛けられたいばらのレースは日の光を受けて糸の一本一本が輝いていた。祝福された瞬間。
 どうやら、お城の新しい主が誕生したようだった。

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