【ARUHIアワード12月期優秀作品】『カラスといばら姫』蒔苗正樹

「母さんからの手紙?と思って緊張して封を開けたらさ、…これよ。私たちが知らないうちにお墓まで買ってたのよ。何もかも手はずを整えて。この調子ならお葬式の司会まで自分でやるんじゃないかしら。」
 ヒロキはそう話すリョウコの言い方はなんだか母にそっくりだと思った。母と同じレース編み作家として活動しているリョウコだったが、母に似ていると言われると姉はいつも怒っていたことを思い出してヒロキは言葉を飲み込んだ。

 ユミコの葬儀は完璧に執り行われた。
 リョウコは親戚やら、レース編みでお世話になった方達やら、古くからの知り合いやら、連絡先を調べてあちこちに電話を掛け、母の最後の様子を伝えた。その合間に、ご近所を回って生前の母への気遣いにお礼を伝えた。
 ヒロキはそつのないリョウコの働きをただ感心して眺めていた。仕事は1週間休みをもらったけれど、何をすればいいのか思いつかず、弔問に訪れるお客さんがあると、お茶を出して話し相手になるというのがもっぱらだった。母との思い出を話すお客さんが感極まると、ヒロキもつられて涙ぐんだ。でもリョウコは違った。病院で母の最期に付き添っていた時から泣き顔を全く見せず、なすべき事を一つ一つこなしていった。
「本当にねえ、リコちゃんはお母さんそっくりね。」納骨からの帰りのタクシーで、そう言ったのは叔母のサチコだった。サチコは思ったことをなんでもすぐ口に出す。ヒロキはそういう開けっぴろげでおっちょこちょいの性格が好きで、子どもの頃から叔母の訪問が楽しみだった。でも、そういう遠慮のない物言いはリョウコにとっては一々癇に障るようだった。
「どの辺が?」早速リョウコが突っ掛かる。
「うーん今日の葬儀場で立った姿がね、なんか似てたのよ。」
「そんなのおばさんの思い込みじゃない?私、母さんと身長だってずいぶん違ってるし。」
「そうねぇ。…そう!喪主挨拶よ。ほんと立派だったわ。」
「何。急に褒めたりして。」
「死んだユミコちゃんがね、自分で挨拶書いたみたいだった。レースを編む事がどんなに、ユミコちゃんの支えになってたかって…。その感謝をね…。」そう言うサチコはもう鼻をすすって言葉に詰まる。
「お城 着くよ。」ヒロキが言った。
 母の家をヒロキもリョウコも“お城”と呼んだ。それは、叔母のサチコがその家のことを「ユミコちゃんのお城」と言ったからだった。
 母の写真を持ったヒロキがタクシーを降り、その後に叔母のサチコが続く。
「リコちゃんここに引っ越して、お城継げばいんじゃない。」サチコは何の気なしに、タクシーから最後に降りたリョウコに向かって言った。
「それ賛成だな。ここん家そのままにしておくのもったいないじゃない。姉ちゃんだったらレース編みの道具とか使えるし。」
 リョウコはふーっと息を吐いた。「…私は、ここ売っちゃうつもり。それからね、今頼まれてる仕事が終わったら、レース編みもやめようかと思っていたところ。」
 リョウコがアンティークや母の作品の模倣から抜け出せず悩んでいたことを、ヒロキは気づいていたが、それをリョウコが表に出したことは一度もなかった。
 サチコはまずいところに踏み込んでしまったという顔で、慌てて話を逸らしにかかった。
「あら、ヒロちゃん赤い実がたくさんなってるわ。これって何?食べれるのかしら。」
 母が住む前からあった生け垣をいばらの蔓が覆っていた。ぶどうを小さく固めたような無数の赤い実がそのいばらにぶら下がっていた。
「これ、母さんがここ住んでから毎年ジャム作るやつじゃないかなぁ。」
「そうよ。おばさん、見た事なかった?これ赤いうちはまだ食べられないわよ。黒くならないと。」
「あ、もしかして去年もらったジャム。なんとかジャムってユミコちゃん言ってた。」

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