【ARUHIアワード12月期優秀作品】『エスパーの君へ』村田謙一郎

 そんな日々が過ぎ去る中で、私たちの周辺では超能力ブームが沸き起こっていた。漫画雑誌には超能力を題材にした作品が掲載され、テレビでは超能力者がパフォーマンスを行い、その力を検証する番組がいくつも放送されていた。超能力以外にも、ノストラダムスの大予言やUFO、ネッシーやツチノコなどのUMA……世の中にはオカルトチックなものにあふれていた。
 そして、本屋で立ち読みしていた私は、少ない小遣いからある漫画雑誌を買い求めた。目的は付録のESPカード。私は2セットあったカードの1つを真希に渡してこう言った。「テレパシーの訓練をしよう」

 ESPカードの[ESP]とは、[extrasensory perception]の略で、日本語では[超感覚的知覚]と呼ばれる。普通の感覚では感じられない刺激を感じる能力、テレパシー・予知・透視などの総称である。ESPカードはそれらの力の養成や実験を目的に作られたものだ。カードに意識を集中することで、裏面のマークを透視したり、相手に念を送ることで、マークを読み取らせたりといった使い方をする。
 もっとも当時の私がそんな能書きを知っていたわけではない。私の目的はただ一つ、真希の心を読み、私の思いを伝えることだった。

 真希は不思議な力を持つ女の子だった。彼女はよくこんな風に言った。
「徹君、今、晩ごはんのこと考えてたでしょ?」
「今日の宿題、やってきてないでしょ?」
「昨日、お母さんに叱られたでしょ?」
 そしてその後に決まって、「なーんてね」と微笑んでペロっと舌を出すのだ。だが実際、ほとんどの場合それらは当たっていた。私が部屋の窓を開けると同時に、真希の部屋の窓も開き、驚く私を見て真希が笑うことも度々だった。自転車で出かけた先に、なぜか真希もいて、「なんか徹君も来るような気がしてた……なーんてね」と舌を出されたことも何度かあった。
 当時、「エスパー魔美」という、超能力を持った中学生の女の子が、その能力を使って人助けをする漫画が人気だった。私はそれにならって、真希のことを密かに「エスパー真希」と呼んでいた。
 しかし今思えば、真希の言動は超能力でも何でもなく、バカでわかりやすい私が出したサインから、真希が女の直感を使って類推していたということだろう。だが私は、使わない頭をひねり倒して、都合よくこうも考えた。「逆にこれは、真希からの好意のサインじゃないか」。
 真希と出会った当初こそ違ったが、私は早い段階から彼女を異性として意識し、その魅力に惹かれていた。いや、取り憑かれていた。しかしカッコつけるのだけは一人前の反面、ヘタレの極みでもあった私は、真希の気持ちを確かめることもなく、自分の思いを伝える術も持っていなかった。そんな私に、ESPカードは一歩踏み出す勇気を与えてくれたのだ。

 ESPカードを使ってのテレパシー訓練の方法はこうだった。
 私と真希は、それぞれの部屋の窓際に向かい合う形で座る。そして、どちらかが5枚のカードのうちの1枚を手にして、描かれたマークを伝えるべく相手側に念を送る。念を受け取る方は、目の前に並べた5枚のカードからこれだと思うものを1枚選ぶ。実験は、夕方の5時に市役所から流れるサイレンを合図に開始し、1分毎に1枚ずつカードを変えて行う。5枚終了した時点で、窓を開けて答え合わせを行い、今度は念の送り手、受け手を変更して同じ手順を繰り返す。
 真希からOKの返事をもらった私は、喜び勇んでこのやり方で訓練を繰り返したが、マークの読み取りの数値が偶然以上に上がることはなかった。それはそうだ。真希がいくら真面目にマークを念としてこちらに送っても、私が読み取ろうとしているものは、その念の隙間にあるかもしれない、私への気持ちなのだから。

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