【ARUHIアワード12月期優秀作品】『エスパーの君へ』村田謙一郎

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 外に出ると、まだ残暑の風を感じる季節だが、主のいなくなった家の中は、どこかひんやりとした空気に満ちていた。
 ガンとの闘病生活の末に母が亡くなって半年。父も数年前に旅立ち、私と姉は故郷を長く離れ、それぞれに家族を持って東京で暮らしている。実家に戻る予定もないことから、私は姉と相談し、家を取り壊すことに決めた。
 築40年余、これといった特徴もない木造2階建ての住まいは、私が小学生の時に、祖父母の時代から住んでいた平屋を建て替えたものだった。小さな機械メーカーに勤めていた父は、祖父母からの支援もあったとはいえ、かなり無理をしてローンを組んだと後から聞いた。私と姉にとっては何より、自分の部屋が持てたことが嬉しかった。

 階段を昇ると、床にできたいくつかの亀裂が、ギシギシと音をたてる。1階のリビングや両親の寝室などはほぼ片付いたが、2階はまだ手をつけていなかった。私は週末を利用し、東京から新幹線で一人、自分の部屋の荷物整理に来ていた。何度か家の整理を手伝ってくれている妻が「一緒に行こうか」と言ってくれたが、私は「自分の部屋のことは自分が一番わかっているから」と断った。変なものでも見つけられたらという心配もなくはなかったが、家がなくなる前に一度、自分の記憶と向き合いたいという思いがあったからだ。大学生の息子と高校生の娘はバイトに部活と忙しく、父親の実家のことになど関心を払う余裕はない。

 雨戸と窓を開けると、部屋の中は私が大学入学時に上京した当時のままの姿を保っていた。たまの帰省時にも2階に上がることは少なく、かつての自分の部屋をじっくり見るのも久しぶりだった。誰も使わなくとも、きれい好きな母親はマメに掃除をしていたのだろう。それほど目立った汚れもない。
 ゆっくりと視線を巡らせる。幅が狭くて何度も落ちて目覚めたベッド、熱心に使ったのはせいぜい高校生までだった机、スペースの7割を漫画と雑誌が占める本棚、デートのためにバイトして買ったDCブランドがいまだ眠っている衣装ケース……。
 押入れを開けて、奥からダンボールを取り出す。フタを開けると、中には野球のグローブやボール。中学の部活で使っていたものだ。グローブをはめると、小さくて指が入り切らない。なるほど、自分も少しは成長していたわけか。
 別のダンボールには、小学校時の文集やノート、卒業アルバム、美術の時間に書いた絵などが詰まっていた。年賀状も束になって入れてある。そしてケースに入った赤い模様のカード。トランプ? と思って取り出し、カードを裏返すと、そこには星のマークが描かれていた。思わず「あっ」と声が出た。
 他のカードも裏返して見ていく。四角、丸、十字、波のマークが描かれ、星と合わせて5枚で1セットになっている。[ESPカード]と呼ばれるものだ。確か漫画雑誌の付録に付いていたはず。カードはもう1セットあって、私はそれをある人に渡したのだ。じっとカードを見つめると、その人の顔がはっきりと脳裏に浮かびあがった。
 立ち上がり、窓から外を見る。今は駐車場になっている隣地には、かつて2階建ての家が建っていた。そして私の部屋の窓と同じ高さにやはり窓があり、私は窓越しによく話をしたものだ。エスパー真希と。

 真希は私が小学4年、家を建て替えて間もない頃に隣に引っ越してきた。銀行員の父の転勤に伴ってのもので、家も賃貸で住んでいたのだろう。
 同学年で、まだそれほど男女を意識しない年頃、その上、彼女の部屋は私の部屋のちょうど向かいということもあって、私たちが仲良くなるのに時間はかからなかった。両家の親からも、転校生の案内役という役割を与えられた私は、真希と一緒に登校し、小学校や同級生、先生の情報をレクチャーし、帰ってきてからは窓越しに、今日あったことを彼女から聞いた。もっとも、勉強に関しては私が彼女に教えることは何もなく、常に逆の立場であったのだが。

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