しかし、一番ロクが懐いていたのは私だ。
その証拠に、いつもロクは私の側にいた。
例えば、中学二年の時だ。
入学してからずっと片思いだった男子に振られたあの日。
人目も憚らず泣きながら、家に帰ったのを覚えている。そのせいで、目を真っ赤に腫らしてしまった私を見た母さんが、心配そうに「どうしたの?」と尋ねてきた。しかし、本当のことを言うのが恥ずかしかった私は、「なんでもない」と嘘をついて部屋に逃げ込んだ。
部屋に入った私は、着替えることもせず、制服のままベッドに倒れこんだ。そして、枕に顔を埋めるようにして泣き続けたのだ。
どれくらい、そうしていただろうか。
ふと気づくと、ロクが私の枕元で座っていた。不安そうな表情で私を見ていたロクだったが、私の視線に気づくと大丈夫? と語りかけるかのように、にゃーと優しく鳴いた。そして、涙で濡れた頬をぺろぺろと舐めてくれたのだ。
「心配してくれたの?」
そうだよ。と短く鳴くロク。
「ありがとう」
慰めるように頬を舐め続けるロクを、私はぎゅっと抱きしめた。
ロクの暖かい体温が、私の体の中に浸透していく感じがする。悲しみで冷えた心をロクが暖めてくれる。
そう思うと、嬉しさから涙が零れ落ちた。
中学時代だけではない。
高校生になっても、ロクはいつも一緒だった。
あれは、高校三年生の時だ。
大学受験を控えているということもあり、ロクと遊ぶ時間が少なくなった。代わりに増えたのは、机に向かう時間だ。問題集を広げては難問と格闘したり、目が疲れてきたら代わりにリスニングの勉強を行ったりと私は勉強漬けの日々を送っていた。
そんなある日のことだ。
いつものように問題集を広げて勉強をしていると、とことこと部屋に入ってきたロクが、ジャンプをして机の上に乗ってきた。そして、あろうことか問題集の上に座ったのだ。
「ロク。私は今、勉強中なんだけど」
語気を少し強めてみたが、効果は全くなくロクは動こうとしない。それどころか、その場で毛づくろいを始めた。
「どいてってば」
ひょいとロクを抱えて床に下ろした私は、気を取り直して再び問題集に取り掛かる。
しかし、またしてもロクが邪魔をしてきた。
「もぅ。邪魔しないでよ」
ロクを抱えて再度床に下ろす。しかし、ロクが再び邪魔をしてくる。どうやら、遊んでもらっていると勘違いしているらしい。ロクの尻尾がぴょこぴょこと楽しそうに左右に揺れていた。
「あのねぇ。遊んでいるわけじゃないんだけど」
ため息まじりにロクに話しけるが、ロクはにゃんと嬉しそうに鳴くだけで勉強の邪魔を止める気はないらしい。
このままでは勉強に集中できないと悟った私は、ロクを抱えてドアに向かった。そして、ロクを部屋から追い出すと、ドアを閉めてロクが部屋に入らないようにした。ドアの向こうでは、ロクが開けてーと言わんばかりにドアをガリガリと引っ掻き始めた。
「だーめ。また邪魔するでしょ」
もう邪魔しないから入れて。と懇願するように鳴くロク。
「本当に邪魔しない?」
にゃん、と元気よく返事をするロクの声を聞いて、私はドアを開けた。別にロクの言葉を信じたわけではない。ロクが寂しいように、私もロクがいないと寂しいからだ。つくづく私ってロクに甘いわね。と内心苦笑してしまう。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ロクは感謝をするように短く鳴いた。そして、私と並走して机に向かったロクは、私が椅子に座ったのを確認すると机の上に飛び乗ってきた。また邪魔するつもり? と身構えていた私だったが、どうやらその心配はいらないらしい。勉強の邪魔をしないように配慮したのか。ロクが隅に座ったからだ。