【ARUHIアワード12月期優秀作品】『大丈夫、きっと晴れる』真銅ひろし

 ―――――そして現在。
 俳優を始めて17年。劇団が9年、事務所が8年。
 自分の中では頑張ってやって来たつもりだ。今では家も六畳一間から脱却して、風呂あり、トイレ付きのまともな部屋に住んでいる。仕事の方も事務所のお陰で少なからず出来ている。
「・・・。」
 それだけでも充分幸せなはずだ・・・。
 そう、幸せなはずなのに、何故だろうか、目の前にはいつ晴れるかも分からないモヤがかかっている。
「じゃあさ、ダンス出来るんだったらそれを売りにしていこうよ。」
「はい!」
 奥のデスクで長峰君とマネージャーの佐久間君が盛り上がっている。
「・・・。」
 楽しそうだ。自分にもあんなキラキラしていた時期は確実にあった。別に今が腐っているとは思っていないけど、あんなにまだ見ぬ世界に緊張したり、期待に胸を膨らませる事なんて自分にはもうない。ただ目の前にある与えられた仕事を失敗しないようにやる日々だ。
「何が悪い。」
 ボソッと口にする。自分は間違った事なんて何もしていない。今やるべき事は目の前にある再現ドラマの仕事をキッチリやる事だ。準備をして本番を迎えて失敗せずに終わる。これが正しい。何も間違っていない。
「・・・。」
 けれど、心のどこがでブレーキがかかる。間違っていないかもしれないが正解でもないんじゃないのかと。
 このままでいいのか?
 こんな思いが心の隅に貼り付いて離れない。先の見えない不安、大して変化のない日常への恐怖感が年齢を重ねる毎に増してくる。
 誰かに聞きたい。
 自分がやっていることは間違っていないのかと。
「佐久間君、帰るね。」
 台本をバックの中に入れて立ち上がる。
「あ、お疲れ様です。あとでメールしますね。」
「うん、宜しく。」
「舞台の方どうしますか?」
「ああ・・・あとでメールするよ。」
「分かりました。お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」
 他の事務所の人間にも軽く頭を下げて、事務所を出た。新人の長峰君はずっと立ってこちらを見送ってくれていた。

 迷う事もなくなった電車、街中を歩くスピードも速くなった。東京に慣れた、というより何も感じなくなった。
 家につく頃には日が落ちていた。
「ただいま。」
 部屋の電気を付けて部屋着に着替えて、ソファーに横たわる。リモコンを手に取りテレビをつけるとバラエティーが流れる。
 ジッと画面を見つめる。内容なんて何も入ってこなかった。
 いつからだ?
 スターになるために上京してきて、がむしゃらにやって、気が付くとここにいた。
 何故、今自分はスターになっていないのだ。
 何故、今面白くもないバラエティを見ているんだ。
 何故、自分は俳優をやっているんだ。
「・・・。」
 青臭い考えが止まらない。
 けれど止まらない。
 前にも後ろにも進めない状態。
 真綿でじわじわと首を絞められたような感覚。
「コンビニ行こ。」
 堪らなくなり、特に買うものなんか無いが、立ち上がり財布だけを持って外に出る。
「いらっしゃいませ。」
 明るい店内。食べ物と飲み物のコーナーをぐるぐる回る。たいして欲しい物が無いのだから当たり前だ。
「ありがとうございました。」
 結局、おにぎりと水を買っただけだった。
 マンションのエレベーターに乗り、部屋の階のボタンを押す。
「・・・。」
 やはりやめて最上階のボタンを押す。
 そこから屋上に通じる階段を上り外に出る。目の前には東京の喧騒と、離れた所に東京タワーが見える。
 東京に来た時にも自分の住んでいる街から東京タワーが見えた。あの時と自分は何も変わってはいない。やっぱり演技するのが好きで、スターになりたいと思っている。
「はっ。」
 思わず苦笑する。
 この年齢でスターは難しいかな・・・。
 そこに執着してもあんまりいい事はなさそうだ。じゃあ、残っているのは演技だけ。

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