【ARUHIアワード12月期優秀作品】『大丈夫、きっと晴れる』真銅ひろし

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 東京に出て来て17年が経った。今年で35歳。職業は俳優。とある芸能事務所に所属している。売れているかと聞かれると、「なんとか食えている」と言った所だ。テレビドラマや映画にちょこちょこと出ているが端役ばかりなので世間は自分の事を全く知らない。

「これ、今度の台本です。」
 マネージャーの佐久間君が渡してくる。今日は台本の受け取りに事務所に寄った。
「ありがとう。」
 渡されたのは再現ドラマの台本。今回は不倫相手の男性役。
「・・・。」
 パラパラとページをめくる。出番は多いか?セリフは多いか?すかさずチェックする。たとえ再現ドラマでもやはり露出している量は多い方が良い。
「今回は中心的な人物ですね。」
「あ、そうなんだ。」
 興味なさそうに答えたが、内心はかなり喜んでいた。
「ここはよく使ってくれますね。」
「ありがたいね。それに結構ギャラも良いしね。」
 2人は苦笑する。
「じゃあ、後で場所と時間のメールしますね。」
「うん、ありがとう。」
「それから、この間の舞台の話どうしましょう?」
「ああ、あれね。」
「“シアタートリック”ってあんまり聞かない団体ですね。」
「出来たばっかりの所だと思うけど。」
「条件的にはどうですかね?ギャラは1ステ15000。期間は一週間の全11ステージ。」
「ん~。台本は面白かったけどね。」
「新しい所にしてはかなり頑張って提示してくれてるとは思いますけど。」
「場所はどこだっけ?」
「中野にある『スペースオンリー』です。」
 よくある小劇場だ。
「どうしましょう。」
「佐久間君はどう思う?」
「ん~、正直言うとあんまり知名度のある団体ではないので、うちとしてはやるメリットはほとんどないかもしれません。あ、でも末永さんがやるって言うのであれば反対はしません。」
「そうだねぇ・・・。」
 やるメリットのない舞台。だったらやる意味なんてどこにあるのだろうか?
 小劇場の舞台は昔はさんざんやったけれど、もう何年も舞台をやっていない。いくつか誘いはあっても台本も惹かれるものではないし、特にやる意味を感じなかったからやらなくなった。それに、舞台は稽古期間も含めて時間がかなり取られてしまう。はっきり言うと“割りに合わない”のだ。
「佐久間さ~ん、電話です。」
 奥のデスクから声が聞こえる。
「ちょっとすみません。」
 そう言って佐久間君は立ち上がり席を外す。
「・・・。」
 もう一度再現ドラマの台本をパラパラと確認する。
 やるメリットね・・・。
 ここ数年こういう事ばっかり考えている。
 作品の内容より、それでどれだけメディアに露出が出来るか?ギャラはどうか?とか。
 別にそう思う事は悪い事じゃないと思う。思うけど・・・だけど、このまんまでいいのか、とも最近感じている。ドラマや映画のオーディションで役を勝ち取っても端役ばかりだし、再現ドラマにしてもいくらこなした所でその先にはなかなか繋がらない。そんな生活の繰り返しに行き詰まりを感じている。マネージャーに相談しようかと思うけれど、担当の佐久間君はよく頑張ってくれている。そこに「このままでいいのだろうか?」なんて言えるわけがない。
「はぁ・・・。」
 ため息が漏れる。始めはこんなんじゃなかったはずだ。
 いわゆるスターと呼ばれる俳優になりたくて、そのために演技の勉強をしたくてしたくて堪らなくて、単純にそんな思いだけだった。だから青森から上京してすぐに劇団に入った。名もない劇団だったけど、それでもがむしゃらになって演技を勉強した。
 それがいつからだろうか?
『やるメリット』ばかり気にして仕事する生活になったのは・・・。
「失礼します!」
 大きな声がして入り口に目をやると背の高い若い男の子が立っていた。

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